小説

『焦がす』伍花望(『八百屋お七』(東京)『地獄変(京都)』)

 振りむいて男を見る。目が合った。男はじっと俺を見ている。手を動かすのをやめない。
「なんで……絵描きになろうと思ったの」
「陳腐な質問」
「じゃあさ、絵のモデルとか……どういう気持ちで向き合ってるの」
「描きはじめたらそいつしか見えない。世界にいるのは、俺と、そいつだけ。だから、一瞬たりとも目を逸らしたりしない」
 喉の奥が詰まって息が止まりそうになった。ペットボトルを掴み、ごくごくと流しこむ。それから俺は無言で弁当をかきこんだ。


 夕方になると男は出かけていった。外で食事をすませ、俺の夕飯を買ってくると言った。
 男のいない間、俺はスケッチを見ていた。
 しなやかな筋肉の伸び。やわらかそうな質感。何枚かは、細かく仕上げられている。胸から腰にかけてのライン。誘うような曲線から目が離せない。
 鏡があればいいのにと思いながら、指先で自分の体をなぞった。
 もっと。これじゃぜんぜん足りない。男の描いた俺を、もっと見たい。
「あんたに描いてもらうと、いくらかかる?」
 帰ってきた男に聞いた。
「ピンキリ」
「業火の絵は?」
「百五十。それと経費。気に入ったら上乗せしてくれる。いいパトロンさ。でもおまえはやめときな。絵に興味なんてないだろう」
 俺は唇を噛んだ。
 絵じゃない。俺が興味あるのは。


 陽が落ちると、男がカーテンを閉めた。
スポットライトに照らされた瞬間、我を失った。
 擦ったマッチを胸に押しあてられる。熱いと思う間もなく、じゅ、と音がして火が消えた。胸の奥のやわらかいところ。そこに、見えない手が煙草の火を押しつけてくる。じりじりと肉が焦げた。
 悶える。
 焦げ臭さが鼻についた。体が疼く。印を刻みつけるように肉は焦げつづけ、白煙が細くあがりはじめた。なすすべもない。この身が焦げていく。

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