『煙と消える』はやくもよいち(『子育て幽霊』)
ゴールデンウィーク最終日、夷子大学3年の辻本桜は吉野智司とシネコンへ行った。 ブランチの後に見たのは、智司が好むハッピーエンドなSF映画だ。 桜は彼の肘につかまりながら映画館を出た。 館内の冷房が効きすぎていたせいだ。 […]
『未完』渡辺鷹志(『蜜柑』)
私は国内最大級の広さを誇るコンサートホールに来ている。 今日は、現在人気急上昇中のアイドルグループのコンサートの日だ。会場は大観衆で埋め尽くされている。 グループの中心にいるのはもちろん彼女。 彼女はグループのリ […]
『だーださまの憂鬱』網野あずみ(『ダイダラボッチ伝説』)
「家の屋根に登って日向ぼっこをしていると、遠く南の空に子犬のような入道雲が湧き上がるのが見えたんよ」 コトハは公園の築山の上に立ち、南の空を指さした。子供たちもつられて空を見る。 「しかし、しかし、それは三回呼吸する間 […]
『桃太郎に生まれて』久保田彬穂(『桃太郎』)
桃太郎。鬼退治をする勇敢な少年。 僕は桃太郎として生まれた。それは、「むかしむかしあるところに―」で始まる話ではない。 ―平成16年、東京都江戸川区に正治と早苗という夫婦がいました。正治は工場へメッキ貼りに、早苗はス […]
『愛しき瘤よ』御崎光(『こぶとりじいさん・瘤取り』)
名島恵子が太宰治の「瘤取り」という物語を読んだのは、中学生頃だっただろうか。主人公のお爺さんは、孤独な自分を慰めてくれる唯一の相手として顔の瘤を可愛がっていたという物語。恵子は民話の「こぶとりじいさん」よりも太宰の解釈 […]
『家を出る女』山崎ゆのひ(『チャタレイ夫人の恋人』)
雨音が細く聞こえる。 私はベッドに座り、夫の修一のスーツから出てきた紙片を丁寧にのばしていた。カード会社の「ご利用代金明細書」。オンラインサービスに登録していても、ボーナス分割払いやリボ払いの利用があると、明細書が送られ […]
『神様になった怠け者』加藤(『三年寝太郎』)
昔、むかし、とある山中に大そうに怠け者がいた。幼い折りから闊達なところ無く、連れだって遊びに行くに人の肩にもたれてうつらうつら歩くような子供で、名を権次といったがまともに呼ぶ者もおらず、皆〝おい〟だの〝やい〟だの呼んでい […]
『あなたとみる世界』小山ラム子(『雪の女王』)
周りに言っても信じてもらえないほど今の自分とはかけ離れているが、ひまりは昔とても引っ込み思案な子であった。幼稚園の頃いつも泣いてばかりいたひまりをあの手この手で馴染ませようとしていた先生達であったがその問題は同じクラス […]
『万死に一生の夢』文城マミ(『死神の名付け親』)
しばらく目を閉じて、開けてみる。ここは僕の部屋だ。街灯の光でかろうじて部屋の中の輪郭が浮かび上がる。 死のうと決心してからもう10分くらい経っただろうか。 僕は1週間程前に会社に行かなくなった。もちろん何の連絡もし […]
『妾になった男』和織(『青鬼の褌を洗う女』)
一年に一度か二度、登は僕を呼び出す。そういう関係が、もう十年以上も続いている。彼の方から呼び出すのだけど、決まって三十分程遅刻をしてくる。どうせ遅れてくることがわかっているのだから、自分も遅れて来ればいい訳だけれど、指 […]
『フォールフォワードで行こう』もりまりこ(『桃太郎』)
あの日、桃さんは張り切っていたらしい。 桃さんは、東町商店街の<おダンゴバー>の店長さんだった。お酒に意外とダンゴが合うっていうので、お酒のつまみに試しにダンゴを出してみたら意外とマッチしてこれは、どんな酒とも合うじ […]
『松明に込めた願い』吉村史年(『マッチ売りの少女』)
金貸しであるヴィレムは、村人達から大変恐れられていました。彼は、貸したお金を必ず、どんな残酷な手段でも取り返すからです。 「さあ、サムエルさんよ。蒔いた種を刈り取る時がやってきたのじゃ。今日は儂らにとって楽しいクリスマ […]
『鬼男』高野由宇(『鬼娘(津軽民話)』)
青い田圃の上を飛ぶように少年の自転車が走り抜けて行く。人の通らない帰り道の風を額に受けながら、少年は両手をハンドルから離して腕を広げる。 途端にぐらついて、呆気なく転ぶ。 蝉も振向くような音で見事に身体を地面に打ち […]
『ひびわれたゆび』高野由宇(『炭坑節(福岡県民謡)』)
玄関を開けると午前七時の寒さが吹き付けてきた。ブルと縮まる肩で鍵を閉めて、耳を凍らせてアパートから一〇分の距離にある駐車場に自転車を走らせる。まだ起きてないカーテンの窓をコンビニの方へ抜け、朝食のお味噌汁の匂いを横目に […]
『境界線に乗って』眞山マサハル(『銀河鉄道の夜』)
先月、仕事を失くした。仕事というか、会社そのものがなくなってしまった。 酔い醒ましのコーヒーで時間をつぶしながら、店の壁を徹(とお)して聞こえてくる祭囃子を聴きながら、このひと月を振り返った。 「今月の給料は、払えな […]
『生と彼』和織(『死後』『彼』)
「何を死んでいるんだ君は」 呆れたような呟きが聞こえてそちらを振り向くと、隣に彼がいた。いつからそこにいたのか、と考えたが、よくわからない。気がついたら今で、私たちは並んで街を歩いている。隣の彼は、私より十は若い、肌の […]
『毒に蝕まれたオウジサマ』永野桜(『白雪姫』)
自分が周りとはずれていると気がついたのは、中学生になってすぐのことだった。母とサスペンスドラマを見たり、友人とホラー映画を見に行ったりすると、私は必ずといって良いほど死体に釘付けになるのだ。 永遠の眠りについた彼らは […]
『ワタシとソラと』藤元裕貴(『わたしと小鳥とすずと』金子みすゞ)
ソラが泣いている。 ソラの泣き声が耳に触れ、私の頭の何処かで警鐘が鳴る。 子どもの感情は、思考という導火線のない爆弾のようなものだ。気付いた時には発火して、爆発を繰り返す。妹のコトリが突然泣き出したソラを見て、慌ててあや […]
『トゲトトゲ』平大典(『一寸法師』『いばら姫』)
初めてできたカレシは、手元を見ずにコンドームをつけるヤツだった。 その間、わたしの目をじっと見つめている。 茶が混じった目に、夕暮れの光が差し込んでとても綺麗だった。 わたしの心臓だって高鳴っていた。 「好きだよ […]
『例えば1枚の絵のように』菊武加庫(『雁』)
20年も前の中学時代のことだ。 ハスミくんは入学したときから有名人だった。 春の光に溶け込んで、輪郭がわからないほどの白い横顔。細い耳の下から描かれた、おとがいのライン。歌の一節のような鳶色の瞳。肩甲骨から立体的に […]
『Don’t eat me?』鍛冶優鶴子(『黄泉平坂の話』『古事記』)
真夏の夕暮れの光が、田畑のあぜ道を歩く男の肌を焼いた。青いポロシャツとカーキ色のチノパンを履いた彼は額を伝う汗を手の甲で拭う。額を拭ったその手には飾り気のない指輪が、光を受けてさみしげにきらめいていた。 彼がこの村を […]
『ロングホープ』田中夏草(『うさぎとかめ』)
薄桃色のリップを載せた長谷川さんの唇は完璧だ。それは、もちろん安物のリップそのものの効用などではなくて、乾燥なんか知らないに違いない長谷川さんの絶妙なカーブを描く唇自体が、そもそも完璧だからなのだ。 白い光のスクリー […]
『everything i wanted』平大典(『ドリアン・グレイの肖像』オスカー・ワイルド)
「こんなんでいいのか」 「うん。動かないで」 私は、鉛筆を動かす。 傷だらけの木製のイーゼルに固定した画用紙へ、タカシの輪郭を描いていく。美術部に所属していてスランプ気味の私は、肖像画のモデルを、同じクラスのタカシにお […]
『彼は昔の彼ならず』ノリ・ケンゾウ(『彼は昔の彼ならず』太宰治)
カキーン、カキーン、とリズムよく金属バットが硬球を叩く音がグラウンドに響き渡る。とある高校野球部の練習風景の一幕。その中でも、ひときわ大きい音を打ち鳴らす選手がいる。エースピッチャーで四番バッターのオサムである。この夏 […]
『さらば行け、マツコ!』ノリ・ケンゾウ(『めくら草紙』太宰治)
『さらば行け、マツコ!』という題の小説がここに書かれるとする。であれば当然、そこには「さらば行け、マツコ!」と言う人物の登場があることは我々読者にとっては想像に容易い。つまり我々読者がこの題を読んで始めに想起することは、 […]
『白い手』霜月透子(『人魚姫』)
岬は風が強い。 私は頬にかかる髪を手で押さえ、崖下を覗き込んだ。切り立つ崖下の磯に波が打ち寄せるのが見える。寄せた波は砕け散り、白い泡に覆われては引いていく。そしてまた新たな波が打ち寄せる。 強い風が吹き上げてきた […]
『泉の選択』香久山ゆみ(『金の斧』)
あなたはどれを選択しますか? 銀のもの? それとも、もともと持っていたのと同じような、白いセラミック? もしくはさらにジルコニアにする? 目の前に誘惑を呈示され、私は懊悩し唸る。次回までに考えてきます、と歯科をあとに […]
『スーサイドもしくはユアサイド』もりまりこ(『杜子春』)
半音ずれたチャイムの音を聞きながら十四春は、廊下を急いで走り抜ける。先輩にも後輩にも同級生の誰にもみつからないように。名前を呼ばれませんようにと、走り続ける。 目的地まで、誰にも見つからなければ、ポイント1をゲット。 […]
『誰』斉藤高谷(『白雪姫』)
深い眠りだった。底なし沼に沈んでいたみたいに真っ暗で、夢なんか見なかった。見ていたのかもしれないけど、少なくとも今は覚えていない。 目を開けると、七つの顔がこちらを覗き込んでいた。しもべども。揃いも揃って間抜けな顔。 […]
『子化身』霜月透子(『ピノッキオの冒険』)
泣きやまぬ我が子をあやしながら歩いていると、手をつないだ小さな姉弟とすれ違った。弟はつながれた手の存在など忘れたかのように、落ち葉や虫を見つけては引き寄せられていく。姉は不機嫌な顔をしている。自由気ままな弟にうんざりし […]