小説

『例えば1枚の絵のように』菊武加庫(『雁』)

 20年も前の中学時代のことだ。
 ハスミくんは入学したときから有名人だった。
 春の光に溶け込んで、輪郭がわからないほどの白い横顔。細い耳の下から描かれた、おとがいのライン。歌の一節のような鳶色の瞳。肩甲骨から立体的に伸びた細く長い腕――。
 人は外見では判断できないという理屈など、軽く一蹴する美しさが世の中には存在する。彼の容貌は圧倒的にそれを証明していた。
 謎に満ちた美少年、ハスミくんを有名にしたのは、その美しさに加えて家庭の複雑さだった。
 彼は祖母と生活していて、両親はいないようだった。そのことだけは周囲に認識されていたが、同じ小学校出身者でも、彼のことを詳しく知る人はいなかった。
「幼稚園(保育園)のときはいなかったよね」
「たしか、4年生の夏休み明けに、転校して来たおぼえがある」
 遠巻きに詮索されることはあっても自分から何か話す性格ではなく、直接彼から聞いたという話は一切なかった。ただ、あまり生活に余裕がないと思わせるエピソードとして、彼は小学校時代、地域の野球やサッカー、水泳や剣道、その他どのクラブにも所属していない。そういったクラブは、保護者の役割(お茶当番とか送迎とか)に負う部分が大きいことも、ハスミくんが無所属の理由の一つだったろう。その交流の少なさが、ますます彼を謎の少年にしていた。
 私は3年間ハスミくんと一度も同じクラスになることはなく、本当なら接点もないまま離れて行くはずであった。

 そのころ私はいつも怜奈という友だちといた。小学校の高学年で同じクラスになってから親しくなり、中学校に入ってからもその関係は続いていた。
 小学生の私は誰とでも話ができる性格ではなく、遠足のバスや何かのグループ決めで、いつも一人になるという子どもだった。いじめられているとか、嫌われているとかではなかったように思う。なんとなく忘れられがちな存在で、自分もそのポジションが楽で、割と気に入っていたのだ。
 怜奈と親しくなったのは学校の図書室だった。
 学校では年に2回の読書月間があり、その間は教室に貸出グラフが張り出され、極端に図書室利用者が増えた。絶対に読まない本を借りて、グラフを伸ばそうとする、負けず嫌いの男子が何人もいた。
 その期間が過ぎると、潮が引いたように図書室はいつもの静けさを取り戻す。潮が引いた後の貝殻みたいに残ったのが怜奈と私だった。
「いつもいるね」
 話しかけてきたのは怜奈の方だった。

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