小説

『フォールフォワードで行こう』もりまりこ(『桃太郎』)

 あの日、桃さんは張り切っていたらしい。
 桃さんは、東町商店街の<おダンゴバー>の店長さんだった。お酒に意外とダンゴが合うっていうので、お酒のつまみに試しにダンゴを出してみたら意外とマッチしてこれは、どんな酒とも合うじゃないマリアージュだねとか何とか調子いいこと言ってたら、その店の常連の雉田さんがいいね、明後日の<夜ワイ>で、流したいから取材させてよとかなんとか言って取材クルーが来て、男子のレポーターもやって来てこれはほんと、なんていうか、お酒にあいますね、なんだかすてきにマリアージュじゃないですかぁとか、すきっ腹だったのか真っ赤に頬染めつつ言いもって、それは俺の台詞だって桃さんは心ん中で思いつつも、素人臭いっぱいにカメラ視線ではにかんだ。
 タピオカよりも団子だね、ザ日本みたいな感じ? とか再び調子いいことをその店のサクラ役の誰かが言い放ち、それをたまたま通りがかった大型電気店の4K画面のテレビを見ていた俺猿元は、ダンゴバーか、敷居が低そうだなってうっかり騙されて訪ねてみたいって思いがなぜか募った。募りつつ早速行くかと踵を返そうとしたら通りがかりのしゃきっとしたサラリーマン風の男性に声を掛けられて、「へ、ダンゴバーですか。なんか次来そうな匂いしまっすねぇ。ひょっとしたらひょっとする?」って気さくに話かけられて、犬山といいますと紹介を受けた。なんか営業向いていそうだなって思ったら、案の定営業。究極の営業だった。俺も小さな声で名乗るや否や俺の猿元っていう名前をすかさず覚え、話の合間にまるで接続詞みたいな風情で猿元さんそうなんですよって、俺の名前を挟んでくる。
 それから早速行きますかっていうことで、「おダンゴバー」に行ったら、そこにいたのは、キャップを被った男の人ひとりだった。騙されたかなって思ったのも束の間。もしかして<夜ワイ>観てくれたりした人? って店長さんである桃さんが、畳みかける。こちらはそれを企画した人、雉田さんってキャップの男の人に視線を促した。うれしいな、新作なのこれ、黍団子って聞こえたけれど、きび団子ならありきたりすぎるよな、すっごい滑舌悪い人みたいなところがあってよく聞こえなかったけど気にせずに食べた。カウンターに座って、犬山さんと食べた。犬山さんの口の端に黄色い粉がついていたけど、すぐにそれは舌で掬い取られ。そのスマートさに見惚れる。キャップの男の人雉田さんは少し遠い場所に座っていて、帽子の鍔に手をかけてどうもぉみたいな挨拶をしてくれた。しかし、俺たちがいる間その店には新しい客は誰も訪れなかった。なぜか桃さんは、暫くすると入り口のドアにクローズドの札を掛けに行ったことの不可思議さだけは酔った頭が憶えていた。
 とろけた。よくわからない粉状のものが口の中で弾けて、とろけた。お酒は、鹿児島産の黒糖焼酎の<れんと>を呑んだ。
 しこたま酔ってうたたねして、目覚めた時。隣にいる犬山さんの顔を見た。寝起きなのでぴんとこなかった。顔を上げると桃さんも、雉田さんも俺のすぐそばにいた。雰囲気が明らかになにか会議のような途中の風情でめんくらう。会社でも醸し出されてるこういう空気が「おダンゴバー」でも展開されようとしていて。ずらかりたい。非常にずらかりたかった。

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