小説

『フォールフォワードで行こう』もりまりこ(『桃太郎』)

 猿元がいつも会社でしていたことは、シミュレーションだった。プレゼンの前には、ストップウォッチを掛けて時間制限内に原稿通り喋れるかどうかをチェックするのが常だったので、チーム桃さんにおいてもそれをやるべく、古地図を現代版に訳されたコピーを一人部屋で眺めていた。行こう。行ってみよう試しに。そんなことを思ったら、猿元は俄然やる気が出てきて、俺チーム桃さんの一員だわ。会社の得体知れずの町おこしプロジェクトの一員であるよりもこっちで頑張るのもありかなって、もらったカーキーのビブスをつけてみた。フォールフォワードと共に歩き出す。ビブスをつけているだけなのに、変にハイ。途中まで車で走り抜けたら行き止まりで。地図があってるかどうかわからないまま、降りて歩いていた。崖に一本のサクラが突き出て咲いていて、あんなところに桜が咲いてる。誰も目にもしないようなところにもって思っていたら、この世の中には見られていない桜の方が多いんだぜってちょっと自分を見るようで。そして俺猿元は、胸元のフォールフォワードを真上から見た。しがない人生を振り返りつつも、果たして俺には前のめりで倒れるほど何かに頑張ったことがあったのかという、すっごく面倒な命題にぶちあたり。仕事も死ぬほど頑張らなかったせいで中途半端なポジションしか得られず、下手したら社史資料室ならまだいい方で、雇い止めだってあり得そうな気配だった。とはいえチーム桃さんって正直面倒くさい。だいたい桃さん達って、鬼退治を正義だと思ってるんだろう。鬼って何よ。正義って何よ。つまり許せないわけだろう鬼を。許したくないってなにを。犬山さんに大型電気店の前で勧誘され雉田さんに唆され、桃さんは桃太郎の嘘伝説を盛るべく意気揚々って。

 山道というか獣道を歩いていたら、声がした。ひょっとしてここが鬼ヶ島? って思ってたらもしかしてあなたチーム桃さん系の方? ってめっちゃ鬼可愛い女子が声を掛けてきた。俺、猿元は彼女に前のめりになりそうになって、えっと鬼の方ですか? って訊ねた。彼女は俺の胸元を見て目で読んでる。あ、これ去年の猿沢さんと同じのだ、って笑ってる。チーム桃さんの一人だった人。うちらをやっつけるのが怖くなって逃げた後、謝りに来た人。チーム桃さんって全員参加でしょ、ひとりでも欠けるとアタックしてこないんだよね。ていうことは今年もなしかな? 噂は聞いてるよ。今年はやってくる今年こそはほんとうにって。でもみんななんだか来ないんだよね。オオカミおじさんかいって。敵とかじゃないと思ってるのに、うちらみんなSNSとかで炎上してる人とかの集まりで後はみんなと意見が違っちゃういわゆるマイノリティ? っていう人達。
 俺、猿元はこの鬼可愛い女子の仕草と態度に参っていた。あんまり言ってることが頭に入ってこない。ただ、彼女やその後ろにいる生活を共にしているらしい年配の人達の頭の上から、さっきから角が出たり入ったりしているのが鬼怖かった。俺猿元の視線の先に気づいた彼女は教えてくれた。虐げられた後ここに逃げてきたら、みんな角が生えるようになって。つまり怒りの象徴みたいなものかな? 角って言葉だし。
 あ、あなたもこっちの人? だって頭の天辺にぷちな角、生えてきてるんだけど。

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