小説

『フォールフォワードで行こう』もりまりこ(『桃太郎』)

 俺つまり猿元だけがきょとんとしてたら、犬山さんが喜ぶ。大げさやんっていうぐらいにうれしげ。
「やっと、ビブス揃いましたね。やっとですね」
 雉田さんも、前のヤツは縁起悪いんでみんなで焼いてしまったから、ここからがスタートですねってのりのりだった。
「猿元君、ここに書いてある言葉知ってる?」
 fallもforwardひとつひとつの単語は知っていたはずだったけど。そのふたつがいっしょになると。わからない。わからないですって言おうとしたら、ふたりがその単語ひとつひとつをジェスチャーで知らせようとする。変なチーム力が保たれていた。
 犬山さんは、フォール担当で沈んだような身振り。雉田さんは、フォワード担当で、膝から進んでゆくような振り。桃さんは、煮え切らない猿元にしびれを切らし、正解を口走った。<まえのめりに倒れろ>ですよ、猿元君。これがチーム桃さんのモットーなの。やっとみんなでこれを着られるなんて夢みたいですよって天を仰いだ。
 え? <前のめりで倒れろ>? これを着て鬼ヶ島へ? ですかとは口にできなくて、ふわふわと微笑んで見せた。
「これって、僕のすきなデンゼル・ワシントンの言葉なんですよ」
 デンゼル・ワシントン知ってるって顔浮かんでるよって思いつつも出演作品が思いつかず、桃さんが熱く語り出した時にあ、マルコムXのあぁって浮かんだ。
「ペンシルバニア大学でのスピーチでさ、卒業生へのはなむけの言葉でね。俺たちは、はなむけられてる訳じゃないけど、こういう形って大事でしょ。でさ作っちゃいました」
 桃さんはスマホをいじりながらこれこれって言いながら、画面を見せてくれる。
「さっきのフォールフォワードの言葉の後、しくじった試みもすべて成功への足掛かりとなるって続くのよ。先祖代々しくじりまくりですからね、やっと陽の目を見るっていうか、積年の恨みがはらせるっていうか。感無量ですよ」
 桃さんの言葉を聞いていたのは、俺猿元ひとりで、犬山さんも雉田さんもみんなスーツの上にビブスをつけていて、ちょっと間抜けだったけど、やる気に満ち満ちていた。鬼ヶ島ってどこよって思ってたら桃さんが言う。これが不思議でねグーグルマップとかには載ってないんよ、代々伝わる古地図を現代に起こしたものこれね、これみんなひとりずつ渡しておくから、コピーしてくるわ。桃さんの嬉しそうな顔をみていたら、やるべって気持ちになって。俺猿元は、会社員である表の顔ではなく裏顔のチーム桃では輝けるかもしれないと、妙な根拠のない希望が心の奥底で芽をだしているような爆ぜる音を聞いた気もしていた。

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