一年に一度か二度、登は僕を呼び出す。そういう関係が、もう十年以上も続いている。彼の方から呼び出すのだけど、決まって三十分程遅刻をしてくる。どうせ遅れてくることがわかっているのだから、自分も遅れて来ればいい訳だけれど、指定の時間にその場にないということがどうも気持ちが悪いし、僕はもう「待つ」という行為に殆ど憑りつかれてしまっているので、それが全く苦にならない。そういう半を押したような行動を、お互いにずっと繰り返し合っている。十年以上も続いているのだから、それだけ聞けば何か特別な関係かと思われそうなものだか、実際には全然違う。少なくとも、彼が僕を大切に扱ったことなんて、ただの一度もない。だって登は、大切にしなければならないようなものには、絶対に手を出さないからだ。
「お待たせ」
遅刻して現れるから、登の第一声はいつもそれだ。僕はいつも本を読んでいるから、彼が着席するまで彼を見ない。彼が目の前に座って、声が聞こえて、初めて顔を上げる。その瞬間程、胸を打つものはない。この瞬間の為に生きている、と言っても本当に過言ではないのだから、自分が病気であることはとっくに理解している。だってそんな風に彼へ目を向けて、実際にそれを視界の中に入れた瞬間、憂鬱で胃が満タンになるような感覚がするのだから。
「何飲んでるの?」
「ミルクティ」
「じゃあ俺もそれ」
登は笑顔でそう言う。彼はいつもそうだ。僕と同じものを頼む。僕がコーヒーならコーヒーだし、紅茶とケーキなら紅茶とケーキ。何だっていいのだ。そうやっていつも、「俺もそれ」と言って、僕に自分の分もオーダーさせる。それがわかっていても、彼の思う通りに動いてしまう。そうしている間は、彼といることができるから。
「この間、たまたま信子に会ったよ。覚えてる?信子」
ミルクティを注文してやってから、僕は言った。信子は、僕らの大学の同級生だ。
「うん。今どうしてるの?」
「元気そうだった。結婚して子供が三歳だって」
「へぇ」
「殆どが子供の話だったよ」
「そっか。子供を持つって、自分を半分持っていかれるような感じがする」
「それが幸せに繋がってるって不思議だな」
「うん」
「お前とまだ会ってるって言ったら、心配そうな顔してた。「悦ちゃんには誰とでもいいから幸せになってほしい」って言われたよ」
「それで?何か言い返した?」
「誰かに幸せにしてもらおうなんて思ってない」