小説

『フォールフォワードで行こう』もりまりこ(『桃太郎』)

 桃さんは「明後日の待ち合わせ時間は、決して遅れないように。目的地は鬼ヶ島です。うぅあの鬼ヶ島ですよみなさん。ついに討伐できるわけです。あ、猿元くん起きた?」
「おダンゴバー」の店長というのは、桃さんの表の顔で、裏の顔は桃さん。つまりあの桃太郎の末裔だった。明後日、向かわなければいけない鬼が島決行の前前日に、俺は奇しくもその店を訪れてしまったわけだった。奇しくもなんかじゃない。卒なくこなす犬山さんも、部下に向かってあとはよろしくタイプの雉田さんもみなチームの一員だった。チーム桃さんそれがみんなの裏の顔だった。欠員がでた後ひとりのメンバー探しするために、俺はかなりはめられた感じで。いわゆる勧誘されてしまったことを知ったのは、その「おダンゴバー」で、うたたねから目覚めて数分後だった。
「もうひとりのビートルズとか、もうひとりのたまとか知ってる? 猿元くん。そういうのちょっといいじゃない。永遠に語られるもうひとりが、君なんだから」とか口説かれて、よくわかんないんだけどこれ逃げるとヤバい系? って思いつつも促されるままチーム桃さんのメンバーになってしまった。
 団体行動が恐ろしく苦手なはずなのに猿元は会社の人になってしまって今所属しているチームでも明らかに浮いていた。メンバー全員が、何らかのプロジェクトで結果を出している人間ばかりで、それに引き換え猿元には、なにも誇れるスペックがなかった。その場に居てはいけないようなそんな気持ちで目が覚めるあの目覚めの悪さを、なんとかしたいと思っていた矢先。あ、別チームで生きるもあり? と過ったことも嘘ではない。

 ちなみに俺の前のメンバーはドタキャンしたらしく、あと最後の一人がなかなかそろわなくて、ずっと犬山さんは勧誘活動に勤しんでいたそうだ。
 そして、もうひとつちなみにだけれど俺の前の前のメンバーは、闘いたくないと失踪してしまったそうだ。猿元である俺は、ほんとのところたいていのことに投げやりになっていたので、渡りに船みたいな破れかぶれてもいいぐらいの気持ちだったことと、酔いもまだ醒めていないころ合いだったので、迂闊にいいですよ。加入させていただきますと。契約書も交わし拇印も押してしまった。

 店の奥から桃さんが、なにかを持ってくる。奥の部屋に続く間仕切りラックの中に、おじいさんとおばあさんの写真が飾られていて、ふたりは大きな桃を抱えて笑っている写真だった。え? マジか? って思いぼんやり見てたら、雉田さんが、これが桃さんの伝説のおじいさんとおばあさん。何代目だっけ。今の桃さんは十何代目ぐらいかな? 猿元君知ってる? 初代桃太郎は全然鬼退治なんかしてなくてさ、みんな代々盛るのが好きで、世間では鬼退治したことになってるけど。未だに誰もね、あの末裔は成し遂げてないわけよ。
 はぁ。と気の抜けた返事していると桃さんがやってきて、カーキー色のビブスみたいなものを人数分持ってきた。みんな、決行する前には、これを着てもらいますと意気揚々と宣言した。ひとりひとり渡されたビブスみたいなものには、<Fall forward>と記されていた。

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