小説

『スーサイドもしくはユアサイド』もりまりこ(『杜子春』)

 半音ずれたチャイムの音を聞きながら十四春は、廊下を急いで走り抜ける。先輩にも後輩にも同級生の誰にもみつからないように。名前を呼ばれませんようにと、走り続ける。
 目的地まで、誰にも見つからなければ、ポイント1をゲット。ほんとうは5ポイントぐらい上乗せしたいぐらいだけど、十四春はコツコツ型だから、1ポイントぐらいを日々積み上げてゆくことにした。
 休み時間という名の地獄の時間、誰にもイジメられなかったことを前もって寿ぐのだ。
 十四春が急いでいるのは、よくお世話になっていた保健室のカウンセラーの杜子先生が、裏学園伝説を教えてくれたから。
 あそこにいるの、でっかい銅像が。その前で願い事したら叶うんだって。先生もずっと悩み事が解決するように、こっそりあの銅像の前でお願いごとしてたの。悩んでるのは君たちだけじゃないってこと。それにね、日与太君も新之助君もみんなあそこに通っていたのよ、転校しちゃったけど、日に日に学校に馴染んでいって友達だってちゃんと出来てたんだから、十四春君も大丈夫よきっと。杜子先生の言葉が耳の奥で甦る。今杜子先生は産休しているので、それからはがんばって保健室を訪ねていない。
 裏手には、中くらいの山が見える。頂きが、ハートの窪みみたいにみえるからハート山って呼ばれていることを十四春は、転校生だったのであまり知らなかったけれど、誰かが教えてくれたわけじゃなくて、その山に思い出がある人が綴った手紙を読み上げているアナウンサーの声を聞いていて、その山の名を昨日知った。ふざけた名前だけれど、山にも名前があることじたいが不思議になってくる。あの山は呼び止められて誰にもいじめられることはないんだろうなって思うと、少しだけジェラシイだった。

 休み時間の始まりを知らせるチャイムが鳴り終わった頃、ぼくが到着したのは、学校のぎり最東に位置する敷地内。未使用の焼却炉。それはもうぼろぼろで、20年前ぐらいから使われていないものだったので、すべての扉に南京錠が掛けられていた。
 ある日、誰からも身を隠したい思いに駆られて大きな扉の南京錠を、ボトルカッターで、切り落としてその扉を開けた。そこはちょっとした部屋だった。一日目は掃除した。煤だらけのその場所を箒で掃いた。掃除をしていたら、少しだけ気持ちに余白が出来てなんかちょっと頑張れそうな気がした。気のせいだろうけど。掃除し終えると、扉を閉めて新しい鍵をそこに掛けた時、ずっと気になっていたこの学園の創始者の銅像が目に入った。
 よっぽど、大切にされていないことがわかるその銅像は、校門の側ではなくて元焼却炉の近くに置いてあった。ちょっとだけ感情移入して見上げた。

1 2 3 4