小説

『スーサイドもしくはユアサイド』もりまりこ(『杜子春』)

 銅像にしては貧相だった。肩幅の狭さも小顔すぎる輪郭にあるかなしかのアゴヒゲもそれを物語っているみたいにみえた。見上げていたら、人の気配が背後でした。土を踏む音だった。でも上履きとは違うちゃんと踵のある音がして十四春はなんだか安堵した。
「わ、掃除をしてくれた?」
 振り返ると、用務員のおじさんらしき人が立っていた。十四春はちょっとびびった。今見た銅像とおじさんがとても似ていたから。おじさんは鉄幹ですと自己紹介して、握手をするための右手を十四春に差し出した。分厚い手の平だった。そして温かで、いつかじぶんもこんな掌の持ち主になれるのだろうかと途方に暮れた。なにげなくあの銅像と鉄幹さんを見比べた。激似だった。「似てる? 気にしない気にしない。よく言われるから」って笑った後、掃除のお礼を言ってくれたので十四春は、休み時間はあの中で過ご、のところで、休み時間の終わりを知らせるチャイムが鳴ったので続きの、してもいいですか? を付け加えた。     
 鉄幹さんは親指を立てて腰に手を当てて頷いていた。慌てて教室に戻るとイジメることにかけてはマスターのような指原君が、鼻をくんくんさせて十四春に向かって耳元でススくせぇよって呟いた。
 リアクションがよくわからなくてうんって頷いたら、子供かよ、頷いてんじゃねぇよって後頭部をはたかれた。その掌の強さはあまり強くなかった。こういう時うるせぇよとか言えればよかったんだな、マイナス1ポイントだなって十四春は反省した。それでも、十四春は、さっきあった鉄幹さんのことを頭に思い浮かべると、すっとした。ぼくは味方がほしいだけなんだってことは、前の学校に通ってた頃からわかっていた。友達っていうか味方。その場しのぎで全然いいからそういう誰かが欲しかった。
「チョークが貧乏だと嫌なのです」まっさらのチョークじゃないと機嫌の悪い世界史の新坂先生。世界史なのに平家物語を諳んじてみなさいと言う。ぼんやりと授業を聞いてる時、制服の内側からも、いにしえの煤の匂いが鼻腔を掠めた。

 次の休み時間は、あまり時間がなかったので裏手にはいけなかった。
 翌日は、休み時間になると一目散に廊下を駆け抜けた。そして昨日掃除を済ませた焼却炉まで一目散に向かった。鉄幹さんがあそこで過ごしてもいいっていうから、こっそりタブレットを抱えてそこに辿り着く。その前に、あの杜子先生が言っていた学園伝説を思い出して、銅像の前に膝をついて見上げた。下から見てもその銅像は少し情けなさそうだったけど、そんなみなさんの父っぽくないところが憎めなくて馴染んだ。何をお願いしようと思っていたら、この間みたいに足音がした。もう鉄幹さんの足音のリズムを憶えたので、怯えなくても平気だった。
「あ、あの伝説ねぇ」やっぱり鉄幹さんだった。それにしても、マジ激似だった。っていうか昨日より似てる。
 鉄幹さんは、ふと十四春を見ると、ほら土の所、影ができてるよって教えてくれた。

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