小説

『スーサイドもしくはユアサイド』もりまりこ(『杜子春』)

 影? って思ってじぶんの頭の辺りに位置する土を見た。君の頭のあたりのところを掘ってみたらいいよって鉄幹さんが微笑む。十四春は、好きとかきらいでもないジェイク・ギレンホールが義理の息子を、ほのかに好きなクリス・クーパーが義理の父を演じていた映画の画面をポーズにして、焼却炉の入口に腰掛けてぶらんぶらんさせていた左脚から地面に降りた。
 土の上にできている十四春の頭のあたりの影を、掘ってみた。鉄幹さんから渡されたスコップで。そしたら、その土の真ん中深くから、埋められた半分焼けたような紙が出てきた。  
 見ると、昔の試験用紙のようだった。十四春よりも遥か昔に通っていた誰かの答案用紙。こんなものがこんな場所に埋まってるんだって思って、鉄幹さんに声を掛けようとしたら、彼の背中は校舎裏の急斜面の坂道の側溝にある枯れ葉の掃除をしていた。半分灼けた用紙を開くと、<単項式の乗法と除去の応用問題>だった。答案用紙が何故そこにあったのかわからなかったけど、答えとひとつになっていたので暗記してみた。
 悠久の歴史を、民の生活を目の当たりにしているような、遠い目で何かを見ている気分のまま教室に戻れることが少しうれしかった。
 そっとその用紙を持ち帰る。かつて生徒であった誰かが十四春よりも数倍頭のいい誰かが、そっと焼却炉が多分燃え終わりかなんかの時に中途半端に放り込んだテスト用紙。
 家に帰っても離れられずに、その問題ばかり解いていたら、次の日の数学の抜き打ちテストがそっくりそのままで。夢かと思うぐらい同じ問題のテスト用紙が配られた。何の迷いもなく十四春は、解答欄をパーフェクトに埋めた。初めての経験だった。答案用紙を返される日、数学の天田先生は、よく頑張ったやんって頭を撫でた。頭の天辺がじわっと熱くなって、なぜだか十四春は目頭も熱くなる感じがした。ほめられるとやっぱり気分がよかった。優秀な生徒たちはこれを毎回味わっているのかと、異次元の世界を見た気がした。十四春は、こっそりポイントを6ぐらいじぶんにあげた。その日は不思議に、イジメのマスターである指原君やサブの人たちに、ちょっかい出されることもなかった。
 次の日は、放課後に鉄幹さんに会おうと思った。あの日のお礼を言いたかったのだ。鉄幹さんはその日、あの銅像を磨いていた。自分を磨いてるみたいだった。十四春の足音のリズムを憶えているのか、銅像のひかがみあたりを磨きながら、その足音は十四春君だなって銅像の陰から顔を上げた。十四春の顔を見るなり、満点取りましたねって笑った。こわかったけど、実のところそうでもなかった。銅像を拭き終わった鉄幹さんが、ほら夕陽って指さした。十四春の影の胸元あたりに夕陽があたっていた。今日はその辺りを掘ってみなっていう。腰回りにホールドされていたスコップを渡されて、少し掘った。十四春の掌の形にもはや馴染んでるスコップで掘ると、そこからは作文用紙が出てきた。やっぱりなぜかそれは半分灼けていたけど、辛うじて文字が読めた。4Bぐらいの筆圧の強い字で文字が記されていた。
<さやかがしんだというのに、だいすきな人を失ったという感情がわいてこない。こわれたのかなわたし。わたしがしんでもみんなそうなのかな>

1 2 3 4