小説

『誰』斉藤高谷(『白雪姫』)

 深い眠りだった。底なし沼に沈んでいたみたいに真っ暗で、夢なんか見なかった。見ていたのかもしれないけど、少なくとも今は覚えていない。
 目を開けると、七つの顔がこちらを覗き込んでいた。しもべども。揃いも揃って間抜けな顔。あたしは小さく舌打ちした。そうしながら、自分が元の場所に帰ってきたことも実感した。とにかく、帰ってこられた。
「姫が目覚めた!」しもべの一人が言った。赤い帽子を被っている奴だ。
「林檎の毒で眠っていた姫が目覚めた!」青い帽子と黄色い帽子が二人同時に声を上げた。
「林檎の毒で眠っていた姫がキスで目覚めた!」緑色と橙色と藍色が言った。
「万歳、万歳」紫が音頭を取り、七人のしもべたちはあたしの棺の周りで踊り出した。
 悪魔でも召喚しそうな醜い踊りから目を離し、あたしは辺りを見回した。だけど、あたしと七人のしもべ以外に人影は見当たらない。薄暗い森の奥へ目を凝らしても、それらしき人物が木の影に身を隠しているような気配もなかった。
「ねえ」あたしは小躍りしているしもべたちに言った。「王子は?」
 しもべたちが動きを停めた。
「王子は、どこ?」あたしは改めて、言葉を刻みつけるように訊ねた。
 しもべたちは挙げたままにしていた手を下ろし、互いに顔を見交わした。戸惑い。困惑。ともすると迷惑そうでさえある。あたしが何か、場の空気を壊すようなことでも言ったようだ。同じ顔を、昔から色々な人間にされてきた。だから今さら狼狽えたりもしない。
 あたしは棺の縁を叩いた。
「王子はどこ行ったって訊いてんだよ」
「王子様なら既に立ち去りました」赤が恐る恐るといった感じで答えた。
「立ち去った? はあ?」瞬く間に怒りが沸点に達した。「何であたしが起きるまで待ってないんだよ! キスだけしてさっさと消えたってか? はあ? 普通待つだろ! 待ってて一言ぐらい挨拶するだろ!」
「どうもお忙しかったようでして」青、いや黄色がおずおずといった感じで言った。
「忙しいくせにキスだけはしに来るのかよ! 色魔か!」
 しかし、言っているうちに段々心が落ち着いてきた。いいや違う。あたしの愛したあの人は色魔なんかじゃない。眠っているレディの唇を奪っただけで立ち去るような無粋を働くはずはない。そうよ、そうに違いない。彼に限って、そんなことは絶対しない。断じてしない。だってあたしが愛した人だもの――。
 だとすると、と別の予感が、疲れた首長竜のように頭をもたげてきた。
 一体誰が、あたしを眠りから覚ましたというのだ?

 あたしは状況を整理した。

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