小説

『誰』斉藤高谷(『白雪姫』)

「では私も」と、藍色。「はっきり言って、彼らの言うことはデタラメです。私が黄色であり、こちらの彼は緑でした」
「違います」と、黄色が言う。「私が黄色です」
「いえ、私が」
「私が」
「私が、私が」
 しもべたちは組んずほぐれつ揉み合った。
 あたしは溜息をついた。
「誰が何色でもいいんだけど、結局誰があたしにキスしたの?」
 すると全員が手を挙げた。
「お待ちを、姫」赤が繕うように言った。「我々は嘘をついておりません。我々は赤であり青であり緑であり橙であり黄色であり藍色であり紫であるのです。いま姫が仰った通り、我々は誰であってもいい。ということは、七人の誰でもあるということです。つまり、我々は嘘をついてはおりません。姫にキスをしたのは間違いなく我らしもべなのですから」
 その瞬間、鬱蒼とした木々の隙間から光が射した。あたしの胸を、涼やかな風が吹き抜けた。あたしは未だかつてない清々しさを感じた。
 ともすると虚無にも思えるほどの清々しさを。
「わかったわ」ややあって、あたしは言った。「正直に言ったから、助けてあげる」
 七人は露骨にホッと胸をなで下ろした。
「でも、七人の誰でもあるっていうなら、身体は一つでいいわよね?」
 頭上で鳥が飛び立った。射し込む光は消え、前以上の暗さがやって来た。

 結局、最後に残ったのがあたしにキスをしたしもべだったかどうかは定かじゃない。まあ、今となってはどうでもいいけど。わざわざ森の奥まで追い掛けていってつるし上げるのも面倒くさい。どうせ洞窟でブルブル震えてるんでしょ?
 それより本題は王子よ。
 一度目は伝達が悪くて(悪かったに違いない)来てくれなかったから、今度は森にいる鴉という鴉の脚に、あたしが毒林檎を食べて大変だという旨を書いた紙をくくりつけた。それから、森に入ってきた木こりを捕まえてあたしの窮状を記憶に刻みつけた。たぶん今頃は、うわごとのようにあたしのことを喋っているはず。これで都の王子のところまで確実に情報が行くに違いないわ。
 林檎の効果は実証済み。駆けつけた王子は、すぐにこの悲劇のヒロインを救おうとするに決まってる。
 だまし討ちみたい? 失礼ね。
 正当な対価よ。こっちだって身体張ってるんだから。
 あとは座して待つばかり。この場合、寝て待つ、といった方が正しいかしら。
 でも、ちょっと待って。あたしは万全を期す女。どんな些細な懸案も放置しておくことはできない。
 もしこんなことが起こったら、どう? あたしは絶世の美女ではあるけれど、もしあたし以上の美女があたしと同じ境遇にあったら。王子はどちらを選ぶかしら。最終的にどちらにもキスをしに行くとしても、ここで重要なのは〈キスをする/しない〉ではなく、する順番だ。一番目でなければ意味がない。二番目なんて所詮、〈ついで〉でしかない。

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