岬は風が強い。
私は頬にかかる髪を手で押さえ、崖下を覗き込んだ。切り立つ崖下の磯に波が打ち寄せるのが見える。寄せた波は砕け散り、白い泡に覆われては引いていく。そしてまた新たな波が打ち寄せる。
強い風が吹き上げてきた。手で押さえていても髪が乱れる。ストールでも羽織っていたら飛ばされていただろう。中学三年生だったあの日のように。
あの日、この場所で、紺色のスカーフが風にさらわれた。中学の制服だったセーラー服のスカーフだ。島との別れを惜しみ、ひとり岬に立っていた。岩や崖に吹き付ける風音が歌声に聞こえるのが好きだった。泣くような女声の歌。
歌に聴き入りながらスカーフの緩んだ結び目を直そうとしたときのことだった。ふわりと飛んだスカーフを追って身を乗り出した。とっさに伸ばした手は宙をつかみ、足もまた宙にあった。
私は海に落ちた。岩にぶつからなかったのは幸いというしかないだろう。
着水した瞬間の痛みはあったはずだが、気にならなかった。それよりも突如人生が終わりを迎えることへの強い恐怖が押し寄せてきた。スカーフなど海にくれてやればよかった。明日の卒業式にスカーフがなければ親や先生に叱られるのは目に見えているが、どうせ一日だけでもうこの制服は着ない。四月からは本土の高校へ行くため島を出るのだから。わずかな時の間にそんなことを考えた。
水は冷たく、息は苦しい。水面を求めようにも自分の向きがわからなかった。助けて、と叫びたくても水中ではそれも叶わない。そもそも近くを誰かが通りかかる望みは薄い。人も船も寄りつかない場所だ。それでももがき続けるが、波にもまれるだけだった。
この辺りの海は、岬から見下ろすと浅そうに見えるが、海中には大きな溝があって、かなり深い。潮の流れも複雑で、磯に降りる道もない。
しかし、磯に人が寄りつかないのは潮の流れのせいではなかった。
手だ。海から突き出される何本もの白い手を恐れてのことだった。
かつてここで小舟が沈んだという。その小舟に乗っていたのは漁師たちだの、落ち武者だの、どこかに売られる人たちだの、語る人によって様々だったが、彼らが無念を抱きつつ波間に消え、二度と浮かび上がらなかったという点は共通していた。
その無念の死を遂げた彼らが、水にむくんだ白い手を伸ばし、招くように、掴むように、うごめくのだという。その手に誘われた者は帰ってこないそうだ。だから人々は磯に近づかないし、私もまた岬から見下ろすだけで、磯に下りたことはなかった。今こうして落ちるまでは。