『7月4日の舞踏会』高木りつか(『舞踏会』)
ツイート ──美しくない(セ・パ・ベル)。 ジュリアン・ラッセル少尉は、大階段の匂欄に頬杖をつき首を横に振った。 階下の〝ダンスフロア〟では、トーキョーで指折りの、というふれこみの日本人ジャズバンドがグレン・ミラー […]
『ブラックアウト』もりまりこ(『銀河鉄道の夜』)
ツイート 電車に飛び乗る癖があるから、乗ってから間違っていたことに気づくことが、ある。その日もそうだった。ひとつ車両を移った時、地下鉄はドミノ倒しのように規則正しいリズムで車内の灯りがとんとんとんと落ちてゆき、瞬く間に […]
『東北奇譚』ヤスイミキオ(『遠野物語』)
ツイート ワイパーがリズミカルに、フロントガラスの雨を拭き去っていく。サトルはため息をつきながら、ふとバックミラーを見る。後続車は見当たらない。 「・・・ひでぇ雨だ」 道の左側は深い谷になっていて、眼下には川が流れて […]
『拡散する希望』渋澤怜(『灰かぶり』)
ツイート 鏡の国でもないのにアリスが向かい合って座って、お茶を飲んでいる。 白雪姫がチュロス待ちの行列に並んでスマホをいじっている。 シンデレラとオーロラ姫が、きれいな模様の壁に交互に貼りついて、写真を撮りっている […]
『狼と老婆』沢まゆ子(『赤ずきんちゃん』)
ツイート 「たろう、たろう」 「そのたろうっていうの、やめろよ」 「あらだって、この辺じゃ猫ちゃんもいないし」 とある片田舎。老婆の唯一の楽しみは、たろうと名付けた狼にエサをやることだ。 「今日はトマトとひよこ豆の煮込 […]
『赤ずきん』花島裕(『赤ずきん』)
ツイート 「すっげーな。これって地毛?」 そう言って、顔見知りの男がまるで公共のもののように毛先に触れる。黒髪に触れるのは皆ためらうくせに、みずきの髪には人権がない。 「地毛じゃ悪い?」 「やー、髪、傷まね?」 […]
『僕の恩返し』大森孝彦(『鶴の恩返し』『浦島太郎』『わらしべ長者』)
父の秘書に、鶴子さんという女性がいる。 見目麗しく、頭の回転がはやい才媛で、父からの信頼も厚い。僕が物心つくずっと前からいて、会社を支え、時に導き、そして成長させていった。 今の裕福な生活があるのは、彼女の才覚があ […]
『名前って、ふたつ以上の鐘の音』入江巽(『ラムネ氏のこと』坂口安吾『赤と黒』スタンダール)
「あんな、きみ、自分の苗字と名前、ってすき?」 「すき? ほんならきみ、ぼくとは分かり合えへんからそのつもりで。」 「きみはどう。きらい? ほんま? なんでなんで? なるほど、じいさんみたいな響きでちょっと嫌やと。 […]
『帰郷行旅』@のぼ(『銀河鉄道の夜』)
遠くで爆裂音が聞こえた気がして微睡みから解けた。 私が飛び乗った最終便はいつしか巡航高度まで昇った様でさっきまでの賑やかな振動と上昇感が消えたと思ったら少し間抜けた電子音が鳴ってコックピットからのアナウンスが始った。 […]
『まんじゅう二十個食べる、めっちゃ怖い』ノリ・ケンゾウ【「20」にまつわる物語】(『饅頭こわい』)
目が覚めたら、密室だった。その上、いつのまにこんなところに居合わせたのか、年齢も性別も違うものたちと、こうしてまんじゅうを囲んで向いあっているのである。外は晴れていて、窓の外から差し込んでくる光は眩しい。どうやら天気は […]
『Re:桃太郎』津田康記【「20」にまつわる物語】(『桃太郎』)
ツイート 「これで20回目か…」 川の流れに揺られながら、桃の中で赤子の桃太郎は呟いた。 「19回も世界を救っているのにめでたしめでたしにならないとはな」 桃太郎はこれまでの戦いを振り返った。1度目は普通の桃太郎の […]
『はたちの狐』網野あずみ【「20」にまつわる物語】(『狐の嫁入り』)
ツイート 「ねえ、見てよ。この写真の人、ちょっと不気味じゃない?」 「えー、そうかなあ。いい写真じゃないか。なんか、人生そのものって感じでさ」 2両編成の短い電車はタタンタタンと規則正しい音を立てながら、夏の強い日差し […]
『女の子の病』利基市場【「20」にまつわる物語】(『少女病』)
ツイート 少女の私を愛している。私はそれを、知っている。だから、今日、私は死んでしまう。 私は色白く美しい身体を運びながら考えていた。 先生は今、甘い髪の色を、すぐに求めることができるのだ。先生の願いはいつでも、容 […]
『20年目の暴走』佐藤邦彦【「20」にまつわる物語】(『美女と野獣』)
ツイート 「王様!姫が攫われました!」 扉を荒々しく開ける事により、切迫した状況を表現しつつ飛び込んで来た臣下の報告を受け、肘掛けの金箔が一部剥げ落ち、背凭れの上部に細工された竜の髭が一本欠けた事による暗喩で逼迫した […]
『二十で勝てる』中杉誠志【「20」にまつわる物語】
ツイート 彼は語り始めた。 「おかしなことが起きている、そう思いました。なんたって、おれがその店に入ったときには、千五百ドルも懐に入れていたんでさ。千五百ドル。先生みたいな立派な人にとっちゃ、はした金か、ちょっとした小 […]
『バーチャル老師』津田康記【「20」にまつわる物語】
ツイート 「今日で君はクビだ」という戸田部長からの一言に、安藤遊助は遂にこの日が来てしまったかと痛感した。20階にある部長室に入った時から嫌なざわつきが胸の中にはあった。 遊助が何気なく窓のほうに目をやると、都会の風 […]
『間奏曲・平成』糸原澄【「20」にまつわる物語】
ツイート 二十年を奪ったのは誰だ 「え? 平成生まれ? 若いね、やんなっちゃうな」 取引先に行くとたまに言われる。「おじサン、俺もう三十だよ」そんな言葉を聡は飲み込んで笑顔を返す。 聡が生まれたのは一九八九年一月八 […]
『ボクと小さな本屋さん』鈴木沙弥香【「20」にまつわる物語】
ツイート もうずっと雨が降っていない。そろそろ降ってもいい頃だと思うんだけどな。 ボクは椅子の上、寒さで丸めていた体を起こし、外を見ようと店の扉へと近づく。――と、突然扉が開いて、店の外から背広を濡らした小太りな中年 […]
『コンビニエンス・プレイ』宮本一輝【「20」にまつわる物語】
ツイート どこか擦れたリサと、計画性の無いナツ。深夜に出歩く二人はちょっとした不運と思い付きのままに、潰れたコンビニへと向かうことになる。 「あ、ない」 ろくに車も通らない県道沿いの自販機の前でリサが言った。それは深 […]
『20年前のおやつの時間』岸辺ラクロ【「20」にまつわる物語】
ツイート その日なぜ新宿御苑に行きたかったのか、と聞かれればそれは天気が良かったからに他ならない。本当にそれだけの理由だった。雨だったり曇りだったり、気温があと五度低くても行こうとは思わなかっただろう。昼の十二時前に起 […]
『小さな川の出口』菊武加庫【「20」にまつわる物語】
ツイート 眼鏡を初めてかけたのは、たしか二十歳の春だった。 突然視力が落ちて、大学の講義を受けるのに支障をきたすようになったのだ。特に大教室の講義は大変になった。大学の先生というのは高校までと違って親切ではない。気ま […]
『ネームバリュー』竹内知恵【「20」にまつわる物語】
ツイート 川村(かわむら)千寿(ちず)という女性の話をしよう。 彼女の名前の総画数は20画。現在26歳。中小企業に勤める社会人だ。 彼女は、今、会社の昼休みに近隣のコンビニエンスストアで昼飯を買おうとしていたところ […]
『雨の子供と午後3時』もりまりこ【「20」にまつわる物語】
ツイート ジグソーパズルのような。いろいろな欠片が地面に散らばって。アジサイが咲く前の緑の匂いのなかに紛れ込む。 むかしむかし、じぐそーぱずるは解体地図だったと知ってたくさんの国が今あるべきところではなくて、思い思い […]
『花嫁の便り』倉田陸海【「20」にまつわる物語】
ツイート その音を聞いた時、僕はとても懐かしく思った。けれどもそれは日常的にどこかで聞く音で、実際にはちっとも懐かしくはなかった。何故そんなことを思ったのかは自分でもよく分からない。ただ、懐かしいと思ってしまったのだ。 […]
『わすれる』伊東亜弥子【「20」にまつわる物語】
ツイート 小窓から見える炎のなかで舞い上がり次第に小さくなっていく自分の体。そのなかにあったものは何も残らない。美味しかったものも、誰かに触れた温かさも痛みも、小さな頭蓋骨のなかに詰まっていたたくさんの記憶も。でもそれ […]
『成人式なんて思いやりのないものを毎年テレビで放映しないでほしい』岸辺ラクロ【「20」にまつわる物語】
青々と茂ったイチョウ並木の木漏れ日を全身に浴びながら、人生の勝者であることを見せびらかすように肌を見せびらかして歩いている女の隣の、どちらかといえばあか抜けていない女の子だった。少なくとも後ろ姿はそう見えた。ゴールデン […]
『じゅーじゅ』末永政和【「20」にまつわる物語】
「いーち、にーぃ、さーん、しーぃ、ごーぉ」 そうそう、その調子だ。 「ろーく、しーち、はーち、きゅーう、じゅーう」 ここまでは安心して聞いていられる。ここからが難しいのだ。 「じゅーいち、じゅーに、じゅーさん」 そ […]
『ササキさんの隣』三波並【「20」にまつわる物語】
ツイート 「ユミさん、なんだかお疲れですね。」 休み明け、月曜日の朝。ササキさんは、制服にもそもそと着替える私の顔をみるなり、こう言った。 「…おはようございます。ええ、昨日はちょっと…。人と会ったりしていたので。」 […]
『大人になったら終わりだよ』藤野【「20」にまつわる物語】
ツイート 「時間って、どう思う?」 突然、恋人から聞かれたのは高校生の頃だった。 はじめて彼の家に遊びに行った時のことだ。その部屋の中の二人の間にある微妙な距離感にどうしていいのかわからずにいた私は、閉じられた窓の向 […]
『また、20時。』柿沼雅美【「20」にまつわる物語】
ツイート え、ごめんよく分からない。私がそう言うと、父はため息を落として、母はソファに座りながら何も聞こえていないような顔でテレビに向いていた。だから、ゆりかには悪いと思ってるけど、お父さんとお母さんは別々に暮らすこと […]