小説

『ササキさんの隣』三波並【「20」にまつわる物語】

「ユミさん、なんだかお疲れですね。」
 休み明け、月曜日の朝。ササキさんは、制服にもそもそと着替える私の顔をみるなり、こう言った。
「…おはようございます。ええ、昨日はちょっと…。人と会ったりしていたので。」
 じっと私の顔を見つめる彼女の大きな瞳には、きっと全てが映り込んでいる。私の今の気持ちも、考えていることも、悩みも。全部お見通しだ。
「そうですか。お疲れさまです。では、私は先に受付にいますね。事務室と受付、診察室の机は拭いておくので、ユミさん、掃き掃除お願いします。」
 そう言って、月曜日の朝からテキパキと身体を動かしている。ササキさんには、月曜日だろうが金曜日だろうが、大した変わりはない。もちろん、朝だろうが退勤五分前だろうが、変わらず目の前のやるべき仕事を淡々とこなしている。しかし私は、月曜日は前日の休みのことを引きずりながら仕事に向かうし、週末が近づくにつれてソワソワ落ち着きがなくなる。朝はぼーっとすることが多いし、退勤五分前になると時計をチラチラ気にしてしまう。

 小さな診療所で、私は医療事務として働いている。事務は、隣にいるササキさんと私だけだ。受付業務や患者対応は私、請求や会計業務は彼女。院長先生と、二人の看護師が勤務するこの場所で、私は細々と仕事をしている。
 今日は朝から雨が降っているせいか、患者が少ない。待合室もがらんとしていて、いつもよりも広く感じられる。
「あ、ゴトウさん。お会計出来ましたよ。」
 風邪の点滴を終えた患者が診察室から出てきたので、私は声をかけた。顔馴染みの患者が多い中、ゴトウさんは初診の患者だった。近所の病院が閉院したらしく、たまたまうちに来たらしい。
「はーい。…あれ?オネーさんもしかして、『エー』?」
 そう言いながら、私の顔から身体をまじまじと見つめる。
「いえっ、私は…。」
 こういう時、なんて返せばいいか分からなくて、まごついてしまう。「失礼な、私は人間ですよ」なんて、ササキさんの隣では決して言えない。
「ゴトウさん、違いますよ。『エー』なのは、ほら。私です。」
 彼女はにっこりと微笑みながら、つやつやとした茶色の髪をかき上げて、首筋にある電源ボタンを見せた。
「なんだ。こっちのオネーさんの方が無表情だったから、『エー』かと思っちゃったよ。でも、やっぱりキカイは可愛いなあ。あ、隣のオネーさんも、人間だけど可愛いよ。」
 そう言いながら、ゴトウさんは無遠慮な視線を私たちに向け、会計を済ませて帰っていった。

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