小説

『ササキさんの隣』三波並【「20」にまつわる物語】

「さて、本日の業務終了です。ユミさん、昨日は彼氏さんとデートだったんですか?」
 データ処理を終えた彼女は、私の顔を見つめながら聞いた。
「えっ、顔に書いてありました?」
「多分、『エー』じゃなくてもバレバレですよ。スドウさんと、ですよね。」
 ササキさんは、色恋事には敏感だ。人の体温や心拍数、ちょっとした表情の動きから、「何か」を感じ取ることができるらしい。彼女曰く、「私にプログラミングされてるデータの八割が、恋する乙女から取られたから」だそうだ。
「ササキさんは、何でもお見通しですね。その通りです。スドウさんと昨日の夜、ご飯に行きました。」
「ですよね。やはり、あれからお付き合いしてたんですね。」
 スドウさんは、彼女のメンテナンスを担当している。月に一度、データのバックアップやプログラムの更新をお願いしている。三ヶ月ほど前から、担当が彼に変更になった。私の一目惚れだった。彼女は「何か」を感じ取ったのだろう、気を利かせて彼に連絡先を聞いてくれた。
「その節は、ありがとうございます。」
「良かったですね。恋する乙女の隣にいると、私も嬉しいです。」
「乙女って…。ササキさん、私もいい歳ですよ?」
「あら。恋をしている人は、いくつになっても乙女なのでは?」
 彼女の恋愛知識は、たぶん小説や映画からの情報で成り立っている。仕事のことはもちろん、政治経済や最近の芸能情報まで幅広く網羅しているのに、色恋事になると、妄想が混じり出してしまう。でも、私はそんなササキさんが好きだ。複雑過ぎる人間関係と距離のある彼女と話している時間が、今の私には心地よいのだ。
「…まあ、そんなことは置いておいて。スドウさんとのデートは、どうでしたか?」
 どうだったかと聞かれたら、楽しかった。食事の前に観たSF映画の感想を言い合ったり、来月予定している温泉旅行の話をしたり。彼とは映画や音楽の趣味も合うし、旅行好きなところも似ている。一緒にいると、自分らしく振る舞える。…この先のことを考えても、きっと楽しいはずだ。
「…ええ。楽しかったですよ。映画観て、焼き鳥を食べに行きました。そこのお店、安くて美味しいんですよ。で、…」
 当たり障りのない話を続けようとしたら、遮られてしまった。
「…何かあったんですか?」
 ササキさんが、私の目を見て問いかける。彼女と話す時、心の奥底まで覗かれているような気分になる。作り物だと分かっていても、その少し茶色がかった瞳は、人間と接する時以上に私を不安な気持ちにさせるのだ。
「いえ、特には…。」

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