小説

『ササキさんの隣』三波並【「20」にまつわる物語】

「ああいう患者さん、嫌ですよね。見た目でなんでも決めちゃって。ユミさんが『エー』だなんて。血が通ってる、ちゃんとした人間なのに。」
 そう言いながらぷりぷり怒っている彼女は、やはり可愛らしい。
「いいんですよ、私よく言われるんです。でも、綺麗って思われたと解釈しますから。ちょっと嬉しいんです。」
「『エー』に間違われて、嬉しいですか?私は嫌ですね、絶対。」
「ササキさん、『エー』なのに?」
「はい、人間が一番ですよ。」
「面倒くさいことばかりですけど…。」
「そうだとは思いますけど…。私には業務に支障が出てしまうので、感情表現が豊かではありません。相手の心情を察することができて、高度なコミュニケーションができることは、素晴らしいと思います。だから私は、人間の面倒くささが、逆に羨ましいんです。」
 そう言いながら、ちょっとだけ悲しそうな表情をつくるササキさんは、『エー』。人工知能を搭載した、見た目が限りなく人間に近いロボットだ。
 彼女のような『エー』が普及し、人間に取って代わって仕事をし始めてから、数十年。私がここに就職する前から、彼女はこの診療所で働いていた。会計や請求、経理なども彼女が一手に引き受けており、私は患者への対応などを担っている。そんな彼女の隣で仕事をしながら、私は退屈な日々を消化している。
 在宅医療が普及し、インターネットを介した遠隔診療体制が整った今、病院や診療所に定期的に通院する患者は大分減った。それでもうちのような小さな診療所は、未だに近所の人々の交流の場として存在し続けていた。事務の仕事も、ほぼ『エー』が担っている病院や診療所が多い中、院長の意向で人間の私が働かせてもらっている。

 ぼーっとしていると、いつのまにか十二時を過ぎており、午前の診療が終わっていた。院長や看護師たちは午後から往診に出かけ、その分の請求業務を行うまでがササキさんの一日の仕事だ。一方私は、対面診療の受付対応のみなので、十三時までの勤務だ。診療時間終了から退勤までの一時間は、事務室でコーヒーを飲みながら彼女と話すことがいつの間にか日課となっていた。
「今日は対面診療十人だけでしたか。遠隔診療はその倍以上なんですけどねぇ。」
 そう呟きながら、ササキさんは今日の患者の集計やレジの清算などを同時に処理していく。人間がやると二人は必要であろう仕事を、いつも一人でこなしている。
 私は一人分のコーヒーを淹れて、彼女の隣に座った。

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