小説

『ネームバリュー』竹内知恵【「20」にまつわる物語】

 川村(かわむら)千寿(ちず)という女性の話をしよう。
 彼女の名前の総画数は20画。現在26歳。中小企業に勤める社会人だ。
 彼女は、今、会社の昼休みに近隣のコンビニエンスストアで昼飯を買おうとしていたところ、雨で濡れた店内の床に見事に足を滑らせている最中だ。周りから見れば一瞬だが、スローモーションのような間延びした時間だと彼女には感じられた。よりもよって買ったばかりのペールグレー色のワイドパンツを穿いてきていた自分を呪った。このままでは尻もちを着き、情けないシミを作って大参事になるのは避けられない未来だ。そのタイミングの悪さに思う。
(あぁ、やっぱり私がこんなことになってるのは、総画数20画だからなんだろうなぁ)と。
 奇妙なことを考える女性だと思われるかもしれない。しかし彼女はごく当たり前のようにそう考えたのだ。
 さて、彼女がすっ転んで地面に尻もちを着くまでにはまだ数秒ある。
 少し川村千寿の過去を振り返ってみよう。    

 彼女の過去は、『総画数20画は凶』いう自身の姓名判断の結果に占められている。
 川村千寿がこの呪いにかかったのは小学5年生の時だ。
 ある日、誰かが姓名判断辞典なるものを教室に持ち込んだのが発端だった。占い好きの女の子たちによって、姓名判断はたちまち広がっていった。
 もちろん川村千寿の名前も調べられた。ワクワクして待っていた彼女に、告げられた結果は一言だった。
「千寿ちゃんの名前って、悪いんだってー」
 この身もふたもない言葉は、遠慮なしにクラス中に響いた。
 ネガティブな単語は周りの注目を集め、途端に川村千寿たちは級友に取り囲まれた。
「千寿ちゃんの名前も見てもらったの? 悪いって、何?」
「川、村、千、寿…、全部で20画?」
「20画のところ、見せて、見せて」
「わぁ! 凶って書いてるよ!!」
「えー?! 凶って、吉の反対のヤツだよね。千寿ちゃん、かわいそう」
「川村さん、外国人だったら良かったのに。アルファベットなら大丈夫だったんじゃないかなぁ」
 読み上げられる判断結果と沸き上がる同情の嵐の中、当の本人は何が何やらわからないままにショックを受けていた。
 その日家に帰った彼女は、母親に姓名判断の結果と名前の改名を訴えたが、まったく相手にされなかった。
「何言ってんのー。運なんて悪いくらいがちょうどいいのよ。それに千寿って名前、素敵でしょう? 大事にしてよ」

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