小説

『ネームバリュー』竹内知恵【「20」にまつわる物語】

 総画数20画の人全員が、悪運ってありえなくないッスかぁ」
 もちろん川村千寿も何度もそう思ってきた。しかし10年以上、もはやアイデンティティのように付き合ってきた呪縛である。そう簡単に割り切れなかった。
 少し酔っている小沢はさらに続けた。
「まぁ、確かにぃ、そういう…、姓名判断?-ってのを、完全に否定するつもりはないんスけど、でも、なんだかなぁ…。俺は悪くないと思いますよー。20画。キリいいじゃないスか。
 それよりも川村さんって、千寿って名前でしたよねぇ。メッチャいい名前じゃないですかぁ。ご両親、スッゲェ考えた名前っぽい。幸せになりますようにって。そんなみんなに当てはまる画数とかよりも、大事だと思うんスけどねぇ。 
俺なんて、小沢一ですよ。ハジメ。ダイレクトで嫌いじゃないけど、なーんか、もうちょっと捻れよって思いません?」
 酔っ払いらしく自分の話題にすり替えてしまったバツの悪さを感じた小沢は、照れくさそうに笑いながら付け足した。
「毎日、悪いことばっかりじゃないんでしょ?」

―ドスン!!
 川村千寿の尻もちは、周りの注目を集めるのにはあまりに十分なほどの大きな音を立てた。彼女の周囲の人々は、心配そうな視線を投げかけるものの、次の瞬間には気まずそうに目を背けた。
 恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にした川村千寿は、さっさと立ち上がって早くコンビニエンスストアから出て行こうとした。しかし彼女が行動を起こすよりも早く、小沢が彼女の横に腰を下ろした。
「川村さん! 大丈夫っスか?!」
 心配と驚きで声が大きくなっている。
「大丈夫、大丈夫。ごめん、びっくりさせたよね」
 自分よりも興奮気味の小沢を落ち着かせようと、なるべく冷静を装った声音を作り、床に投げ出された足を揃えて立ち上がる。
「あ、足、滑らせちゃって…、格好悪いなぁ」
 取り繕おうとしているものの落ち込んだ雰囲気の川村千寿に手を貸した小沢は、自分のスーツのジャケットを彼女に渡した。
「余計なことだったら、すいません」
「ありがとう…、でもジャケット濡らしちゃうかもしれないし」
「そんなの、気にしないでくださいよ」
 そこまでのやりとりをした二人は、少し落ち着いてきていた。そして店内にとどまる気まずさを改めて感じ、そそくさと出入り口に向かった。
「病院とか行きます?」
「ぜんぜん大丈夫、それよりも早く更衣室行きたいな。ジャケット、クリーニングしてから返してもいい?」
 間が持たず、どちらもついつい饒舌になってしまう。

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