「王様!姫が攫われました!」
扉を荒々しく開ける事により、切迫した状況を表現しつつ飛び込んで来た臣下の報告を受け、肘掛けの金箔が一部剥げ落ち、背凭れの上部に細工された竜の髭が一本欠けた事による暗喩で逼迫した国の財政を示している玉座に座る王が、一瞬間顔を顰め、
「もう、その様な時期か……」
呟き、呆けた表情となり、しばし宙を見つめ黙り込む。王へ惻隠の情を覚えつつも、物語を動き出させるという己が役割に矜持を持つ臣下が王を急かす様に言葉を続ける。
「王様!御指示を!」
この声にはっと我に返った王だが臣下の強い口調が癪に障り、指示を出す事が臣下の指示に従っているかの如く思われ、忌々しい心持ちに襲われる。が、為すべき事を臣下が為している事も十全に認識している王ではある。
「勇者ラスンを呼立てい!」
当然己が役割を果たす事となる。
「ラスン只今参上仕りました」
必死に腹を凹ませ、マントを外連味たっぷりに翻し、ひざまづいた勇者ラスンが、この一連の動作と王に挨拶をする事によって物語上の自己紹介を終える。
「おお、勇者ラスン。よくぞ参った。姫が魔王ボブバに攫われてしまったのじゃ」
「なんと!ミルマ姫が!」
「うむ。そなたに姫を救出して欲しいのじゃが、引き受けてはくれぬか?」
「ご安心下され。このラスン命に代えても必ずやミルマ姫を魔王の手より無事取り戻して見せます!」ここで天を睨み「ボブバよ、首を洗って待っておれ!」
この王とラスンの手抜きとも感じられる短い会話で物語の概略が説明され、魔王と姫の名前も明らかにされる。
ラスンが去り、
「ミルマが哀れでならぬ……」
王が誰とはなしに呟く。と、それが先程の臣下の耳に入る。物語の必要上、攫われたミルマ姫の安否を気に掛けている様に振舞っているという事ではなく、現実に娘であるミルマの宿運を嘆いているのだという事に付合いの長い臣下は気付くが、それに対し返答など役割上して良いわけはなく、また王が望んでいないであろう事も充分に承知しているので(国の為、民の為で御座います)との感謝は胸裏に秘めたままであり、決して表には出さない。出せない。
最初にラスンの前に立ちはだかったのは巨大な蝦蟇であった。魔王ボブバの居城である魔城ソドムへと続く、煉獄の森に於ける最初の番獣(ばんじゅう)である。