小説

『二十で勝てる』中杉誠志【「20」にまつわる物語】

 彼は語り始めた。
「おかしなことが起きている、そう思いました。なんたって、おれがその店に入ったときには、千五百ドルも懐に入れていたんでさ。千五百ドル。先生みたいな立派な人にとっちゃ、はした金か、ちょっとした小遣いくらいかもしれませんが、おれみたいな人間にとっちゃ大金だ。それで勝負しにきたんですよ。ブラックジャック――あの、何枚かのトランプの数を組み合わせてディーラーの手札と比べっこする、クソ忌々しいゲーム――それで、一儲けしようって考えたんでさ。
 そんで、テーブルについて、ゲームを始めた直後、『おれはツイてる!』――そう思いましたね。なんたって、五分もしないうちに、手持ちの金が五千ドルに増えてたんですから。五千ドル! 先生みたいな立派な人にとっちゃ、はした金か、ちょっとした小遣いくらいかもしれませんが、おれみたいな人間にとっちゃ大金だ。何年もかけてコツコツ貯めていって、やっと手に入るような金ですぜ。それがたったの五分足らずで手に入ったってんだから、『おれはツイてる!』――そう思ったのも、ムリはないでしょう。
 ところが、その五分後には、持ち金は八百ドルまで減ってました。八百ドル! なんてこった! 四千二百ドルはどこいっちまったんだ! あのチップの山は!……いえ、一番儲けてたときだって、二千ドルのチップ二枚と五百ドルチップ二枚だったんですがね……気持ちのうえでは、ロッキー山脈でさ。ロッキー山脈が、ある朝起きたらごっそり削りとられて平地になってたら、誰だって目を疑うでしょう? おれは、まさにそんな感じでした。おかしなことが起きている、そう思いました。だって、四千二百ドルっていやあ、先生みたいな立派な人にとっちゃ、はした金か、ちょっとした小遣いくらいかもしれませんが、おれみたいな人間にとっちゃ大金だ。それが泡みたいに弾けて消えたんだから、泣きたい気持ちでしたよ。
 でも、そこで勝負を降りるわけにゃいきませんでした。だって、まあ五千ドルは一時の夢だったと割り切っても、はじめに懐に入ってた千五百ドルから、もう七百ドルもすってるんですから。せめてその七百ドルだけでも取り返さなきゃ、店を出ることなんてできません。
 で、二百ドル賭けました。配札(ディール)されて回ってきたのは、スペードのクイーンとダイヤのジャック。絵札は十の扱いだから、足して二十だ。ディーラーの札のひとつはダイヤの九だった。このとき、たしかもう絵札はほかにはなかったんです。十の数札も、もうなかったはずだ。クラブのエースは残ってるが、ディーラーがそれを引いていたとしてもドローにしかなりません。引き分け。金は取られない。このディールは、二十で勝てる。確実じゃないが、その確率は高い。そう思いました。
 でも、待ってください。ここで普通に勝ったとして、返ってくるのは四百ドル。手持ちと足して千ドル……まだ五百ドルの損。
『分割(スプリット)』
 おれは気づくとコールして、手札をふたつに分けてました。
 ふたつに分けた手札を両方、倍賭(ダブル)して勝てば、一気に八百ドル。持ち金が倍になる。負ければ全額パーだが、そんなもん、五千ドルから四千二百ドルが溶けたのに比べりゃなんてことァありません。それならそれで、今日は運がなかったんだと笑い飛ばすだけの話です。なあに、家に返って嫁さんぶん殴りゃ、金くらいすぐに沸いて出てくるんだ。おれァ腹ァくくりました。

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