小説

『二十で勝てる』中杉誠志【「20」にまつわる物語】

 ディーラーが、分けたそれぞれに札を配ると、クイーンのほうにはダイヤの二がきた。ダブルするのにお誂えだ。
『ダブル』
 チップを追加すると、ディーラーがさらに札を配る。クラブの八。合わせて二十。素晴らしい! なんてこった、ああ、神様! ありがとう! 二十を捨てて二十が来た!
 じゃあ、もうひとつのほうはどうだ? ジャックのほうに配られたのは、スペードの四でした。十四でダブルはちょっと考えたくなるが、考えたってしょうがねえ。腹はくくったんだ。
『ダブル』
 そして配られたのはダイヤの六。素晴らしい奇跡! こっちも合わせて二十! 向こうが二十一でなきゃこっちの勝ち!
 ディーラーが手札をめくると、スペードの四でした。一枚引きましたが、ハートの九だった。合わせて二十二! バースト! 危なかったが、おれの勝ちィ!
 やったぜ、ありがとう、神様! これでおれの持ち金は千六百ドルだ! 千六百ドル! 先生みたいな立派な人にとっちゃ、はした金か、ちょっとした小遣いくらいかもしれませんが、おれみたいな人間にとっちゃ大金だ。
 これは流れが来てる!――そう思いました。博打ってのは技術じゃあねえ。流れだ。流れに乗るか乗らないかで、勝敗が決まる。ここで降りたところで、千六百ドル。最初から百ドルプラス。百ドルぽっち勝って降りたんじゃ、セコすぎる。百ドルぽっちでなにが買える? 流れに乗りゃ、もっと稼げる。いつも苦労かけてる嫁さんに、いいもん食わせてやりてえじゃねえか。ドレスの一着も買ってやって、イタリア旅行に連れてってやりてえじゃねえか。これは、いわば愛でさ! 世の中に、愛が勝たずに、いったいなにが勝つってんですか!
 だからおれァ、持ち金全部賭けました。勝てば三千二百ドル。三千二百ドル! 先生みたいな立派な人にとっちゃ、はした金か、ちょっとした小遣いくらいかもしれませんが、おれみたいな人間にとっちゃ大金だ。
 そう、大金だ。勝てば大金、負ければパーだ。勝つしかなかった。嫁さんのために、愛のために!
 でも、負けました。ディーラーのやつ、いきなりブラックジャック引きやがった。二十一を。
 おかげで、すっからかん。
 むしゃくしゃしたんで、家に帰ってから嫁さん殴りました。むちゃくちゃに。でも、いっときますがね、先生。愛があるから殴れるんですぜ。他人なら殴りません。一番殴ってやりてえのはディーラーだった。が、殴らなかった。ディーラーは他人ですもん。嫁さんは嫁さんだ。愛あればこそ、おれァ嫁さんを殴ったんだ。
 なのになんでおれが通報されて、警察に捕まって、精神鑑定だかで、いま精神科医の先生と話してんのか、よくわかんねえんでさ。
 なあ、先生。失礼ですが……あんたらみんな、ちょっとココおかしいんじゃねえのかい?」
 そういって、彼は自分のこめかみを指差した。

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