二十年を奪ったのは誰だ
「え? 平成生まれ? 若いね、やんなっちゃうな」
取引先に行くとたまに言われる。「おじサン、俺もう三十だよ」そんな言葉を聡は飲み込んで笑顔を返す。
聡が生まれたのは一九八九年一月八日、元号が昭和から平成に変わった日だった。日本の景気が調子こいて勘違いしていた時期だ。その年の終わりに日経平均株価は吹っ切れて下落していくのだけれど、大きく膨らんだ風船がぺしゃんこになるまで二年くらいかかったらしい。いずれにせよ、物心ついた時に聡は「失われた二十年」の中にいた。
失われた二十年。
どこのどなたが命名したのかしらないけれど、傲慢じゃないだろうか。ちょっといい思いをしたからって、儲けられなくなった途端「失われた」と被害者ぶるなんて。
そんなことを言う人に限って「与えられた」五年間にぬぼーっとしてたに決まってる。営業特金と簿価分離の抜け穴利用したり、土地転がしたりね。日銀と大蔵省がつまんない意地の張り合いしてたりさ。
「何が失われた二十年、だよ。主語は誰だよ主語は。責任取れっつの」
幼馴染の翔一は酔うと口が悪くなる。聡は彼のそんなところも好きだった。「俺たちの青春を奪ったのは誰だよぉ~」
そして最後は泣き上戸になる。
「はいはい、帰るよ。電車なくなる」
もたれかかる翔一を必死に支えて聡は店を出た。
師走の空気がほろ酔いを一気に冷まして聡は現実に戻る。明日が土曜日であることだけが唯一の救いのように感じた。
店を出て少し歩くと翔一の足取りはぴたりと止まった。学生時代ラグビー部だった彼は、左ウィングだったとはいえ聡よりずっと体格がいい。駅まで歩かせるのはもう無理だと諦めた。
ふらふら揺れる大きな身体を左手で支え右手でスマートフォンを出して、翔一の婚約者に何とか電話をかける。コール中に聡は思わずぼやいていた。
「何が青春を奪った、だよ。あんなに謳歌しといて」
応答する華やかな声に聡の気持ちは沈んだ。
「早紀さん、夜分にすみません。翔一つぶれちゃって」
翔一の家は八王子で有楽町からだとタクシー代はかさむ。彼女と出会う前の翔一はこんな時、当たり前のように聡の家に泊まっていた。今は新代田にある彼女のマンションが定宿だ。
「今から大丈夫ですか?」
駄目なら昔のように荻窪まで乗せて帰ればいい。