「すっげーな。これって地毛?」
そう言って、顔見知りの男がまるで公共のもののように毛先に触れる。黒髪に触れるのは皆ためらうくせに、みずきの髪には人権がない。
「地毛じゃ悪い?」
「やー、髪、傷まね?」
傷むよ。とは答えてやらずため息を返す。こんなやりとりには飽き飽きだ。不毛な会話。いや、毛はあるけど。しかもめっちゃ目立つやつ。
みずきの髪は不自然な赤色をしている。赤毛の赤じゃない、紅ショウガの赤。人工物の真紅色。それを月に二度の染毛と強力なトリートメントでキープしている。
あいまいな返事と愛想のなさに飽きたのか、いつの間にか男はみずきの前から行ってしまった。それならば最初から来るな。そんなにすぐに飽きるなら。
どうしてこんな髪にしているの。多くの人に興味津々聞かれてきたけど、本音で答えたことはなかった。理由なんてただ一つ、あの人に見つけてもらうためだ。ただそれだけのために月に何万もの金をつぎ込んできた。ああ、そんな計算したくない。こんな自分、多分ものすごい大バカ者だ。
「なんでこの色にしたの?」
幼なじみの徹にもそう尋ねられたことがある。徹は高校までずっと一緒で、みずきの母のお気に入り。今もなぜかしょっちゅう家に来ては、晩御飯を食べて帰っていく。
あれは初めてこの髪を見せた時だっけ。なんで。なあ、なんで。適当にあしらっても、徹は飽きることなく尋ね続けた。うざったいようなくすぐったいような変な感じだったけど、腫れ物に触るような女子からの扱いよりはだいぶましに感じた。
「なんででもいいじゃない」
「…きれいな髪だったのに」
たぶん本音なのだろう。その声は心底残念そうにみずきの耳に響いた。
「血みたいな色にしたかったの。ハッとするでしょ?」
励ますように明るく言うと、徹はムキになった。
「髪で脅かす必要ないだろ」
そりゃそうだ。でもこれ徹の髪じゃないし。
「目印だから。目立つねって言われたから」
「そりゃ、目立つけど」
誰に、とは聞かれない。あの人のことは徹には言っていなかった。
みずきはどこの誰とも知らない男に恋をしていた。
彼に出会ったのは去年のハロウィンだ。年は三十過ぎだろうか。大騒ぎの街に似つかわしくない、高価(たか)そうなタキシード。唇には小さな牙がにゅっと覗き、吸血鬼の仮装だとわかった。鋭い瞳と冷たそうな肌にその装いはとてもよく馴染んでいた。