『ウェンディとネバーランド』あやもとなつか(『ハメルーンの笛吹き』『ピーターパン』)
ツイート 私ウェンディ・ダーリングはハメルーンの街におばさん夫婦と従姉妹のナナと弟のジョンと一緒に住んでいる。私とジョンのお父さんとお母さんは私達がまだ小さい頃に亡くなったけど、おじさんとおばさんが引き取って育ててくれて […]
『三万年目』清水その字(古典落語『百年目』)
ツイート 野良猫のハナグロは二十歳になった。人間なら法律によって飲酒・喫煙が認められる年齢だが、彼に人間の法律は適用されない。それでも当人、もとい当猫にとっては大きな意味のある歳だった。誕生日を迎えた日、尻尾が二本に分 […]
『焦げ茶のバクダン』守田一朗(『檸檬』)
ツイート その日、得体の知れている不吉な塊が僕の心を終始おさえつけていた。夕べの晩からその重ったらしい―不安といおうか、憂鬱といおうか、そんな類の気持ちが胸の底で殿んでいた。きっかけは母の言葉。 母親が夕食の席で尋ね […]
『境界枠』和織(リルケ『窓』)
ツイート テーブルを片づけながら、外を見るフリをして、五角形の窓の中にいる、 小さな蘭子さんを盗み見た。空は曇っている。ここにいるときは、天気は悪い方がいい。外が暗い方が、店内にいる彼女が、そこに濃く映るから。これは、 […]
『伝説のホスト』植木天洋(『口裂け女』『カシマレイコ』『トイレの花子さん』『壁女』『メリーさんの電話』)
1 新宿歌舞伎町、眠らない町。街灯と電子看板の明かりに煌々と照らされた路地には、たとえ真夜中を過ぎても多くの人がいる。 しかし少し奥まった路地に入ると突然薄暗くなり、人気がなくなる。メイン通りほどの賑やかさはない。雑 […]
『キオ』大前粟生(『ピノキオ』)
猫によく似た顔の母親が子どもを連れて公園にきた。その男の子はクジラの帽子を被っている。魔法使いの帽子のように縦に尖った、あるいは垂直に墜落していく腹の大きな飛行機のようなシルエットをしたクジラの帽子で、ちょうど男の子の […]
『Obligat』木江恭(『安珍・清姫伝説』)
ツイート 重厚な木の扉を抜けると、線香が強く香った。 嫌な記憶を呼び起こす匂いだ。清子は鼻の頭に皺を寄せる。場所や状況は違えど繰り返し立ち会ってきた、悲しい別れの匂い。 一つ鼻を鳴らしてそれを振り払うと、清子は本堂 […]
『青い月』冬月木古(『おむすびころりん』『鼠浄土』)
ツイート 東京でオリンピックが行われたときのような、暑さだった。 あれはひどいオリンピックだった。水泳やサーフィンという競技は普通だったが、サッカーや7人制ラグビーといった競技は、どの国も体力温存のプレーに徹し、アフ […]
『双子倚子』ナマケモノ(江戸川乱歩『人間椅子』)
ツイート ――倚子《いし》 天皇や高官の公卿が立礼の儀式中、腰をかける座具。奈良時代までは、胡床《あぐら》と呼んだ。 一条天皇《いちじょうてんのう》は、道長から献上された奇妙な倚子をつくづくと眺めた。黒柿や紫檀の木 […]
『青い血、赤い鱗』東村佳人(『赤いろうそくと人魚』)
ツイート 厳しい冬に人は飢え、しかしそれは人魚にも降りかかる災難であることに変わりはなかった。重い鉛色をした海と、灰神楽の方が美しいとさえ言える濁った空は彼女の母が死んでから今日まで、延々と続いている。 「人間の住む […]
『月満ちる時』但野ひまわり(『竹取物語』)
ツイート いつものように家を出た。 朝は鶏が鳴く前に起床し、夫のお弁当と朝食の準備に取り掛かる。夫が起きると一緒に朝食を摂って、仕事に行く背中を送り出す。その後、洗濯のため家を出るのだ。汚れた衣類をたらいに入れ、脇に […]
『音がきこえる』Mac(『トカトントン』太宰治)
ツイート 引っ越しの挨拶、という文化は一人暮らしの場合では防犯面だとかなんだとかで、やらないほうがいいらしいです。特に女性の場合は。とかなんとか書かれた記事を昨日ネットで検索して確認しました。しかしするかしないかでいう […]
『王子さまの手紙』和織(『星の王子さま』)
ツイート 「わしの家来が来なかったか?」 うぬぼれ男の星に着くと、王冠と毛皮をととのえながら、王さまは言いました。 「さぁ、知りませんね」 うぬぼれ男はしょぼくれた様子で言いました。この男、以前は誰かが来ると、その人 […]
『タンホイ座』佐藤奈央(『タンホイザー』)
ツイート 30歳になる誕生日の朝を、背理(はいり)ヒトシは新宿・歌舞伎町のゴミ捨て場で迎えた。 生ゴミにまみれた安物のスーツ。連日の熱帯夜で、辺りは強烈な匂いが漂っている。耳元でカラスの鳴き声がして飛び起きた。頭上には、 […]
『ジャックと〈ジャック〉と竹とタケコ』大前粟生(『ジャックと豆の木』『竹取物語』)
ツイート ジャックは父親がいなくなったときのことを覚えている。でもそれはちょうどそのとき幼かったジャックがよく口にしていたことのように現実感のない、夢のようなことだったから、いくらジャックが訴えても母親は相手にしなかっ […]
『オオカミ被害者の会』Rain(『赤ずきん』『三匹の子豚』『オオカミと7匹の子ヤギ』『オオカミ少年』)
ツイート むかしむかし・・・でもない森の中奥深く。真夜中の暗い場所でとある一族の会合が毎年行われる。その一族の名はオオカミ一族。 「よぉ、お前も生き残れたか」 「お疲れさん。毎回毎回やる度に頭数が減っていくな」 ぞろ […]
『ウシロアシ』うざとなおこ(『ウサギとカメ』)
ツイート 「また、やっちゃったよ」 ウサギは、あんまり速く、はねて、はねたので、ウシロアシがついてきていないのに、ようやく気がついた。あわてると、後ろ足(ウシロアシ)を置いてきぼりにしてしまうのだ。 心ばかり早足で、 […]
『置き傘』島田亜実(『笠地蔵』)
ツイート 置き傘をしていた。 置き傘というより、忘れて置きっ放しになっていた。 借りてきた姉の赤い傘は派手すぎて、登校時は恥ずかしかった。 自分の傘を手に入れた僕は赤い傘を手に持って帰ることにした。 走って帰っていく同級 […]
『ある夜の出来事』長月竜胆(『じゃがいもどろぼう』)
ツイート 月も出ていない静かな夜。辺りは真っ暗で、一寸先は闇とでも言ったところ。 そんな深い闇夜の中、提灯の灯りだけを頼りに、二人の男が歩いていた。軽く夜遊びをした帰りで、陽気に笑い声を響かせている。辺りに民家はなく […]
『BAR竜宮城からの贈り物』野月美海(『浦島太郎』)
ツイート なんて言い訳をしよう。BARを出た瞬間から翔太はぼんやりと考えていたが、とうとう答えが出ないまま安アパートのちゃちな玄間扉の前まで来てしまった。震える指は、それでも迷わずチャイムを鳴らす。 ピーンポーン […]
『蛇と計画』和織(『アダムとイヴ』)
ツイート 「こうするのが一番よかったんです」 最後に僕はそう言った。姉とその恋人は僕の手をとり、礼を言ってから去って行った。手をつないで歩く、幸せそうな二人の後ろ姿、その先に、大きなクリスマスツリーがあった。木と、堕ち […]
『桜の木の下にて』大野展(『桜の木の下には』)
ツイート 桜の木の下には屍体が埋まっている。 彼は私にそう言った。その時私は、腋の下に汗をかくほどの抑えがたい強い欲求に駆られた。 満開の桜の木の下に埋まってみたい。 埋まったらどうなるかとか、埋まって何をするか […]
『生まれかわった少年』小笠原幹夫(『勝五郎再生談』平田篤胤)
ツイート これは明治の中ごろに、ほんとうにあった話です。 明治十六年に埼玉県川越在(かわごえざい)の農家に生まれた松吉(まつきち)は、疱瘡(ほうそう)を病んで、六つのとき、明治二十二年二月十一日午後四時ごろ亡くなりま […]
『川からの物体M』大前粟生(『桃太郎』)
ツイート どんぶらこ、どんぶらこ、と桃が流れている。その桃を、川で洗濯をしているおばあさんが拾ったりはしない。おばあさんは川で洗濯しない。おばあさんの家には洗濯機がある。だれの家にも洗濯機があるから、桃はだれにも拾われ […]
『ユキの異常な体質/または僕はどれほどお金がほしいか』大前粟生(『雪女』)
朝起きるとバケツのなかに水がたまっていた。ユキが死んだ。水たまりをどうしようかと思った。シンクに流す? トイレに流す? それとも海とか雪山とかにまく? いや、それより先にお葬式とかをした方がいいのかな。いや、でも、僕以 […]
『ヘブン・ゲート』木江恭(『羅生門』芥川龍之介、『蜘蛛の糸』芥川龍之介)
ツイート 川江駅東口ロータリー前、七番通りの入口には、アーチ状の洒落た街灯がある。ヨーロッパ風の優雅な曲線を描くその街灯の呼び名は、ヘブン・ゲート。 その先に続く五百メートルは、ネオンと欲望渦巻くホテル街。だから七番 […]
『猫の記憶』柿沼雅美(『黒猫』)
ツイート 両開きのクローゼットの隙間からうっすらと部屋の明かりが見える。前脚で目のまわりをこすり、舐めて、目の前の隙間に顔を近づけてみる。麻美が泣いている。すすり泣く声で分かってはいたけれど、飼い主がレモンイエローのソ […]
『鉄砲撃ちと冬山』清水その字(宮沢賢治『雪渡り』)
ツイート 『松っちゃんとこの子供が、おキツネ山へ入ったきり帰らんそうだ』 冬のある日。ふいに電話してきた船橋爺さんが、深刻な声で告げた。ちらりと窓を見ると、外は一面雪化粧に包まれている。空は雲が立ち込め、白い一枚板でで […]
『桃の片割れ』手前田二九男(『桃太郎』)
ツイート 最初に箱から出されたのは俺だった。運良く選ばれたことに、安堵と後ろめたさが入り交じった。しかし、腕の中に収まった俺の全体をじっと見つめるうちに、じいさんの笑顔は消えていった。ばあさんが微かに首を振り、箱の方に […]
『ホントの気持ち』山本康仁(『鶴の恩返し』)
ツイート 「もしもし……」 夕方の淡い日差しの中で、香苗は恐る恐る声を出した。近所の公園から弾ける、子どもたちの笑い声に負けそうになる。散歩中の犬が香苗を不思議そうに見つめ、飼い主に引っ張られ先へと進んでいく。 「会員 […]