小説

『焦げ茶のバクダン』守田一朗(『檸檬』)

 その日、得体の知れている不吉な塊が僕の心を終始おさえつけていた。夕べの晩からその重ったらしい―不安といおうか、憂鬱といおうか、そんな類の気持ちが胸の底で殿んでいた。きっかけは母の言葉。
 母親が夕食の席で尋ねた。
「今年は何個くらいもらえそう?」
 世に人を傷つける刃は数あれど、これほどまでに青少年のいたいけな純情を抉る言葉が他にあるだろうか。トシゴロのオトコノコの柔肌のようなオキモチは、赤子のお腹を撫でるような慎重さでもって取り扱ってもらわなければ困る。
 僕は言う。「未来のことと、人の気持ちは誰にも分からない」
 時と場合を選ばないと名台詞もみじめなことになる。一矢報いようと持ちだした刃は自らに跳ね返り、余計に深い傷を負った。
 一家団欒のテーブルの上で、生暖かく見守ろうとする視線がコーンポタージュの湯気に混じってほのかに漂う。この遺憾極まりない事態になったのは誰のせいか。いや、どちらが悪いとは言わない。貰えない僕が悪いなどとは口が裂けても言わない。
 母親の哀れむ視線が思いだされる。養鶏場の鶏を見るような目。この先であなたに待ちうける不幸な運命に、私は何の力添えもできないワと言わんばかりだ。
 そんな目をするくらいなら初めから聞いてはいけないのに、世の母親はそれでも諦めず、息子に惜しみない期待を注いでくれる。注がれすぎて涙が溢れちゃう。あなたにとってはなかなか見栄えのするイイ男かもしれませんが、世間様はそのようにとってはくれないのです。不肖ながら頑張る所存はあれども、どうにもならないこともある。齢十数年にして知る、人の心を変える難しさ。どうやったらモテるのですか。
 僕はそそくさとご飯を食べ終わり、自室に逃げ込んだ。一刻も早く眠って、そのまま泥の塊になって、気がつけば二月十五日を迎えていたい。ベッドの上で布団にくるまり、そんなことを考える。
 かつての僕はこれほどまでにこの日を怖れていただろうか。

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