小説

『三万年目』清水その字(古典落語『百年目』)

 野良猫のハナグロは二十歳になった。人間なら法律によって飲酒・喫煙が認められる年齢だが、彼に人間の法律は適用されない。それでも当人、もとい当猫にとっては大きな意味のある歳だった。誕生日を迎えた日、尻尾が二本に分裂していたのだ。
 これは困ったことになったぞと思った。よく近所の子猫が尻尾にじゃれついて昼寝を邪魔するのに、尻尾が増えたら二倍じゃれついてくるではないか。犬に頼んで一本食い千切ってもらおうか、でも痛いだろうな、などと考えているところへ、野良猫仲間たちがやってきた。その尻尾を見て驚いた友猫たちは口々に言った。
「それはあんた、猫又になったんですよ。山へ行って妖怪の仲間におなりなさい」
 歳を重ねた猫は妖怪になるという話はハナグロも知っていた。だが本当になるとは思わなかった。妖怪になれば人間に化けたり、修行を積んで神通力を使えたり、いろいろ楽しいだろうと若い連中は言う。その代わり人間の側には居てはならない、とも。
 ハナグロは野良猫ではあるが博物館を寝ぐらにしており、人間にも知り合いがいる。たまに残飯をくれる従業員に会えなくなるのは辛かったが、居続けて研究者に捕まり『猫又の剥製』として展示されては面白くない。仲間たちが何処かから持ってきてくれた手ぬぐいを頭にかぶり、泣きの涙で別れを告げて旅立った。

 山へ着くと子熊のような体格の猫又に出迎えられた。全身にブチの模様がある大猫で、そいつが猫又の大将だという。猫又の他にも狐だの狸だのが山に暮らしており、抗争と和解を繰り返し、ここ数年は冷たい戦争が続いていたそうだ。しかし今では皆睨み合いを続けるのに疲れ、各勢力で緊張緩和だのペレストロイカだのと、和解が進められているらしい。妖怪世界の情勢は複雑怪奇、などとぼやきながら、ハナグロは大将の元で修行を始めるのだった。

 

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