小説

『鉄砲撃ちと冬山』清水その字(宮沢賢治『雪渡り』)

『松っちゃんとこの子供が、おキツネ山へ入ったきり帰らんそうだ』
 冬のある日。ふいに電話してきた船橋爺さんが、深刻な声で告げた。ちらりと窓を見ると、外は一面雪化粧に包まれている。空は雲が立ち込め、白い一枚板でできているかのようだ。これからも雪が降る可能性も高い。もちろん山も同じで、次に何を言われるかも見当がついた。
『探してくれって頼まれてな、猟師仲間に招集をかけてるんだが……』
「分かりました、行きます」
 即答した。緊急事態というだけではなく、船橋爺さんが俺にも声をかけてくれたのが嬉しかった。何せハンティングと山歩きのイロハを叩き込んでくれた、俺の師匠なのだから。
 しかし、話はそれだけではなかった。
『実はな、山でクマの足跡を見てな……』
「クマ! あの山にですか?」
『冬眠し損なったんだろうな。エサを探して、隣の山辺りからやってきたんだろう』
 厄介なことだ。クマは食料豊富な秋にエサを食べまくり、栄養を蓄えてから冬眠する。つまりこの真冬に山をうろついているクマは、十分なエサを食べられず冬眠が遅れ、血眼になって食料を探している奴ということだ。気が立っていて、人を襲う可能性もある。
『バラバラに行ったら危険だからな。紺三郎、お前にはわしと一緒に来てほしいんだが……』
「大丈夫です、行きます!」
 迷っている場合ではない。早くしないと取り返しのつかないことになる。爺さんから相棒に選ばれた以上、自分の力を信じてついていくしかないだろう。
 船橋爺さんは連絡網を次へ回せ、鉄砲を忘れるなという念押しをして電話を切った。

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