小説

『鉄砲撃ちと冬山』清水その字(宮沢賢治『雪渡り』)

「おーい、喜一ぃ!」
 辺りを見回し、時折名前を呼びながら探す。子供に歩ける所を中心に、崖や急斜面の下などに重点を置いて捜索する。転落して動けなくなっているのかもしれない。しかしいくら呼んでも、聞こえるのは風の音と、鳥のさえずりだけだ。行方不明になった後も雪が降っていたため、足跡もどの程度残っているか分からない。
「早く見つけ出さんとな」
 また雪が降ってきては捜索もままならない。気を一層引き締め、俺たちは山道を進んだ。



 しばらく雪の上を歩いたが、手掛りは見つからなかった。足跡はやはり雪で埋もれてしまったのだろう、ウサギのそれを見かけただけだ。
 ふいに、ヒューッという鳴き声が聞こえた。鳥とは違う、細くて長い声……シカだ。秋にはよく鳴くが、この時期に鳴き声を聞くのは珍しい。どこにいるのか見回してみても、声のみで姿は見えない。笛のような声で数回、歌うように鳴いたかと思うと、また辺りは静かになった。
 耳に入る音は携帯ラジオから聞こえてくるニュースと、それに混じる雑音だけだ。前進に集中すべく、前へ向き直る。
 だがそのとき、目の前に船橋爺さんの姿がなかった。慌てて左右を見るが、あるのは樹木ばかりだ。
「……船橋さん……?」
 呼びかけてみても、返事はない。つい先ほどまで目の前にいたはずなのに、忽然と姿を消してしまった。
 はっと地面を見て、驚いた。雪に足跡がないのだ。後ろを見ると、今まで歩いてきた跡さえなくなっている。そんな馬鹿なことがあるのか。
「船橋さん!」
 再度叫ぶが、声が虚しく響くのみだった。辺りを見回しても雪と木しかない。何処へ行ってしまったのか。何が起きたのだろう。ラジオの声も次第に雑音が大きくなり、聞き取りにくくなっていく。
 得体の知れない恐怖を感じたとき。背後でキシリと、雪を踏む音がした。反射的に振り向いたが、そこにいたのは爺様ではなかった。
「……やあ」

1 2 3 4 5 6 7 8