小説

『青い月』冬月木古(『おむすびころりん』『鼠浄土』)

ツギクルバナー

 東京でオリンピックが行われたときのような、暑さだった。

 あれはひどいオリンピックだった。水泳やサーフィンという競技は普通だったが、サッカーや7人制ラグビーといった競技は、どの国も体力温存のプレーに徹し、アフリカの選手たちですら暑そうにしていたのが、印象的だった。何よりも無事に体内の水分を保ち試合終了のホイッスルを迎えることが、選手たちにとって待ち望むものであり、金メダルのような太陽をうらめしそうに見上げることすら、できないようだった。そして、主審で、試合開始と試合終了のホイッスルを吹いたのが同じ人間であった試合がほとんどなかった。

 マラソンに至っては、男女ともメダルゼロ、つまり完走者ゼロのレースとして、語り継がれている。男子でも10キロのタイムが45分。まるで高校のマラソン大会レベルのタイムだった。中間地点で1時間40分を過ぎていた。中間地点を通過できたわずかなランナー、いや、もうこうなるとウォーカーと呼ぶべきだが、の目は虚ろで、開いた口から酸素を吸い込むよりも、熱風が肺に入り体内が熱せられてしまうため、もう酸素すら拒絶しているように見えた。アスファルトを蹴り、前へ推進力を生むはずの脚は、熱せられた空気とともにゆらゆらと揺れていた。そんな超スローペースの展開で、バランスを見事に取りながら走っていた先導の白バイだったが、さらに落ちたペースに見る見る差は開いていき、もはや先導の役目を果たさなくなっていた。後続の選手たちにとっても、見ている観客にとっても、もうそんなことはどうでもよかったのだが、そのうち、白バイは、本来取り締まるべき危険運転のような蛇行をしたかと思ったら、横転した。あまりに遅いスピードでの制御が難しくて横転したと思われたが、どうやらそうではなかった。オリンピックの花形競技の先導役に選ばれたエリート隊員は、長袖長ズボンの制服をキッチリ着こなしヘルメットを被っていたのだ。しかも給水もできない。熱中症だった。大型バイクに下敷きになり、小刻みに震えていた身体は、突然大きく痙攣し、動かなくなった。暑さ対策としてスタート時間を早めたものの、号砲が鳴った8時での気温は40度を超えていたのだ。白バイ隊員の上で、高温対策でふんだんに大枚をつぎ込んだミストが、むなしく宙を舞っていた。

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