小説

『青い月』冬月木古(『おむすびころりん』『鼠浄土』)

 そんなことを考えていると、手からおむすびが落ち、我に返った。あの涙ぐんでいたあの女性の姿は、もうなかった。おむすびはスタンドを転がり落ちていく。私は追いかける。楕円のおむすびは、私から逃げるように、右へ左へと不規則に転がっていった。

 気づくとグラウンドに立っていた。プレーヤーたちは、ボールではなく私のおむすびを追いかけている。必死に。そう、例える言葉が必死以外ありえないくらいに。私は縦じまチームに属しているようだ。さっきキックを決めた紳士はいない。私が交代として入ったのかもしれない。

 グラウンドに立ち、走り回っていると、さすがにはっきりと汗が流れてきた。久しぶりに流した汗に、気持ちよくなって
「生きてる、っていいなぁ」そうつぶやくと、ウィングに入った20代と思われる青年が言った。
「生きてる?なに訳の分からないこと言ってるんすか!」
 と言うと、スクラムハーフがラックから球をさばき、スタンドオフにパスをしたため、慌てて駆け上がっていった。
「内フォローして!」
 という声に身体が自然と動きだした。
 スタンドオフからパスを受けたインサイドセンターが相手のスタンドオフと対面の間にペネトレートし、二人を巻き込み、フォローしてきたフォワードが再度ラックを形成する。スクラムハーフが素早く駆け寄り、右に展開した。

 目の前に展開される風景が、現実味を帯びてなかった。自分とは無関係の、何か遠い世界の出来事のように思えた。先ほど青年の言葉に引っかかりを感じながら、言われた通り内側をフォローしていたが、ウィングは私をおとりにして、内にパスダミーをして外にスワーブを切り、見事に走り切りゴールラインに飛び込みトライし、消えた。

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