小説

『青い月』冬月木古(『おむすびころりん』『鼠浄土』)

 そんなオリンピックをいっしょにいつも観ていたのは自分の妻、いや、いつものようにこう言おう。カミサンだった。我々を、暑くさせてくれた、あのオリンピックから、もうどれくらいの月日が経つのか、もうわからない。

 そんな色あせた思い出がよみがえるような、暑い日だった。芝生のスタジアムでは、じいさんたちがラグビーをしていた。ふらりと公園に来てみたのだ。家に居てもカミサンは口をきいてくれないし、暇なので、せめて木陰のあるこの公園に来てみたのだった。出かけるときに、カミサンに、いっしょに行くか、と声を掛けたが、見向きもされなかった。この公園は運動公園となっていて、陸上競技場や野球場などスタンド付きの施設がある。連日の暑さで枯れそうなくらいの葉が、カサカサと乾いた音を立てるケヤキ並木の日陰を歩いていると、なにやら陸上競技場のほうでやっているようなので、入ってみた。

 東京オリンピックの数年前だったか。イギリスで行われたラグビーワールドカップで、日本代表は、優勝経験もある強豪南アフリカに世紀の番狂わせを演じ、その後も2勝を上げ、合計3勝上げたのだが、決勝トーナメントには進めなかった。そんな大会があった。その次の大会はこの日本で行われ、見事ベスト8に駒を進めた。それ以来ラグビーは、野球よりもサッカーよりも人気のあるスポーツになっていた。

 そんなラグビーを、カミサンはスポーツの中で一番好きだと言っていた。ふざけているのかと思うくらい、「行けえっ!」だの「やったあ!ホーッ!」だの大声を上げて観ていた。その姿を見ていると笑えて仕方がなかった。長年連れ添ってきて、ケンカもしたが、わりと仲は良いほうだと思っていた。しかしある日、突然、会話がなくなった。

 じいさんたち、と先ほど言ったが、じいさんが目立つだけで、現役プレーヤーのような若いのも見受けられた。どうやら白と黒の縦じまジャージのチームと、白と黒の横シマジャージのチームが戦っていた。あのオリンピックのときのように、プレーヤーの動きが、かげろうのようにゆらゆら揺れて、見えた。

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