小説

『青い月』冬月木古(『おむすびころりん』『鼠浄土』)

「ややこしいな」
 年を取ると独り言が多くなる。相手してくれる人間が減るから、自分で自分の相手する、ということなのだろうか。それとも自分だと思っているその自分は、別の人格をもった自分なのかもしれない。だいたい機嫌のいい自分と怒っている自分は、とても同じ人間だとは思えない。誰もがいろんな人格を持っていてそのトータルがその人である、と思う。多重人格、なんていう言葉はおかしな表現だ。

 試合は横シマが優勢である。ボールを奪い返し攻撃に転じると、なかなかのスピードやパワーを持った選手が多く、一気に前進する。フォワードで前に出る、バックスに展開する、縦ジマも必死にタックルをし、止める。しかしタックルなど接触プレーが発生すると、当然ラグビーは接触するのが前提なのであるが、横シマはすぐかっとなってラフプレーをする。するとペナルティーのタッチキックで陣地を戻される。そんな攻防がしばらく続いた。

 私は腹が減ったので、弁当を広げた。弁当と言っても、おむすびだ。きれいな三角形ではない。そう、今観ているラグビーボールのような形をしている。口もきいてくれないカミサンだが、おむすびだけは作って置いておいてくれる。そんなおむすびを食べながら、試合を観ていると、横シマが自陣で反則を犯した。

「ノットリリースザボール!」主審は叫ぶと、すぐさま横シマの面々が主審に押し寄せる。
「ふざんじゃねえよっ!」
「どこに目えつけてんだっ!てめえ」と怒号が飛ぶ。

 しかし判定は覆らない。縦じまの、いかにも品のありそうな紳士たるプレーヤー、ネクタイでも締めてるのではないかと思うくらい毅然としたチームキャプテンであろう選手が、ゴールを指した。そして後方から、スラリとしたロマンスグレーのキッカーがやってきて、ボールをセットし始めた。

 すると近くにいた女性……おばあちゃんたちが歓声をあげた。縦じまチーム側の応援をしている人たちで、てっきりちょっと素敵なキッカーのファンなのだと思って、シルバーラブもここまできたか、と感心していたが、ちょっと様子が違う。騒ぎ方が変だった。よく聞くと、ひとりの女性に対し、よかったね、よかったね、と周りが声をかけている。キッカーの連れ添いの方なのだろう。確かにゴール正面、距離は約25m。誰でも入りそうな所なので、蹴る前から喜ぶのも分かるのだが、その声をかけられた女性は、すでに涙ぐんでいる。ただの草ラグビーなのに、なぜそこまで感極まるのか、ぼーっと、そのおばあちゃんたちを見ていた。

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