小説

『青い月』冬月木古(『おむすびころりん』『鼠浄土』)

 そのときあちら側になにかが、見えた。ねずみのしっぽだった。

 私は死んだ、のだった。

 さっき感じた、横たわっている正体は「悔い」だった。人生に悔いのないように、やりたいことをやってきたのに。自分のためだけでなく、家族のためだとも信じていた。そこだけはブレずに貫いているつもりだった。休みもほとんどなかった。家にいるとき不機嫌なことが多かったが、それでも家族は応援してくれた。カミサンは一番の理解者で、一番の味方だった。笑顔が好きだった。ラグビーを観ながら吠えているカミサンを子どもたちと笑ってた、あの時が、好きだった。そして私は、その笑顔を奪ってしまったのだ。

 東日本大震災で大きな被害を受けた町の語り部に、言われたことを思い出す。当たり前のことが当たり前にあることを幸せだと思ってほしい。そして家を出るときには必ず「行ってきます」と言いなさい。黙って出て行った家族を「おかえり」と言えず、ずっと待ち続けるのは切なすぎるから。

 カミサンが毎日供えてくれていた楕円のおむすびをプレースしながら、ゴールポストを見上げた。色も輝きもないこの世界。灰色の空に、青い月のようにポッカリと穴が開き、カミサンと子どもたちの笑う顔が覗いた、気がした。必死でこらえた涙が、キラリとこぼれた。

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