小説

『置き傘』島田亜実(『笠地蔵』)

ツギクルバナー

置き傘をしていた。
置き傘というより、忘れて置きっ放しになっていた。
借りてきた姉の赤い傘は派手すぎて、登校時は恥ずかしかった。
自分の傘を手に入れた僕は赤い傘を手に持って帰ることにした。
走って帰っていく同級生達を見ながら、僕はゆっくり歩いていた。
降り続く雨の中、歩いているのは僕だけになった。
ふと、誰かからの視線が気になった。
辺りを見渡すと、草に埋もれるように小さな地蔵がこっちをみていた。僕は周りから見放されたように埋もれている地蔵に吸い寄せられるように近づいた。
同じだと思った。
ずっと何かが変わるのを、誰かが変えてくれるのを待っている。
ただそこに立っているだけなのに冷たい雨をかけられ、風に吹かれて、周りを囲まれて自分の存在を削られている。
少しでもいいから救いたいと思った。
周りの草を引き抜いて、手に持っていた赤い傘を彼にさした。
雨は止み、太陽の光が降り注いだ。
風が止まり、僕の呼吸も止まった。
世界が変わった。
慌てて傘をしまうと、彼が濡れた瞬間に元の世界に戻った。
息を飲み、恐る恐る傘を開いて彼の上で左右に振った。
僕は雨と晴れの世界を行き来する。
ゆっくりと彼が濡れないように傘を置く。
晴れの世界でも周りに人はおらず、いるのは僕と彼だけだった。
景色は何も変わっていない。晴れただけ。
この世界でも自分の家はあるのだろうか。もう一人自分が存在しているのか。一体どういう仕組みになっているのか。ここはどこなのか。

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