小説

『置き傘』島田亜実(『笠地蔵』)

「また迷い込んで来ちゃったの?それとも、お姉ちゃんを救いに来たのかしら」
唾を飲み込む。
僕はこいつと上手く話さなくちゃいけないんだ。
姉の弱みを握るにしても、助けるにしても。
「姉はどうしてここにきているんですか」
「身に覚えはない?」
「…ないです」
「あなたのためよ」
「…姉は僕のために何かをするような人ではありません」
「そうかしら…」
すごい勢いで奥から黒いものが出てくる。僕が避ける前に、目を覆われた。
まぶたの裏と見分けのつかない暗闇が広がる。
少しすると光がさしてきた。
なんだか見たことある景色な気がする。
子供の泣き声がする。
なんだか聞いたことのある声。
これは僕の声だ。姉の声も聞こえる。
「泣かないの。大丈夫」
足元には自転車と大きな猫の死体。
僕が殺してまったんだ。
僕は下り坂で自転車に乗っていて、猫が見えた時にぐっとブレーキを握ったが止まらなかった。前日にこけて壊したことをすっかり忘れていた。
鈍い音と強い衝撃を感じて、僕は空中に投げ出された。
気づけば姉が僕を抱きかかえ、その側で猫は死んでいた。
姉の目を見たとき、とんでもないことをしてしまったんだと思った。猫にも姉にも。
それから僕は泣き疲れて眠ってしまったようで、僕にはこの後の記憶はない。
姉は僕をおんぶしようとしていた。

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