小説

『置き傘』島田亜実(『笠地蔵』)

「お前だってそうだろう。人間なのに人間に支配されている」
確かに僕は姉や母には逆らえないし、学校の規則にだって逆らえない。なにより法という世の中の規則には絶対に逆らえない。
「よくわからないけど、僕は元の世界に戻りたいです…」
「そうか。たまには逆らってみるのも俺はいいと思うぜ」
少年は何本か花を摘んで立ち上がる。
「じゃあ、戻してくれそうな奴のところに行くか」
「…え?」
戸惑う僕をよそに少年は歩いていく。
山へと続く道に赤い点がゆらゆらと揺れていたことに僕は気づいていなかった。
なんの説明もしてくれない、自分勝手だと少年に対して怒りを覚え、そのことで頭がいっぱいだった。
…みんなそうだ。僕の都合なんて考えもしてくれない。自分の都合のために僕を動かすんだと…
「ここのことはあまり知らなくていい。ここで暮らしたいとか言うんなら話は別だが、帰りたいんだろう?」
「…はい」
「じゃあ、今は帰ることだけを考えるんだな。」
少年は山の中を歩いていく。
あまり外に出ない僕の息は上がっていく。
涼しくなってきた。水の音も聞こえる。
どうやら滝が近くにあるようだ。
水の音が近づいてくる。
「もうちょっとだ」
少年の声かけにも反応できないほど僕は疲れていた。
僕たちは滝の近くにある洞窟の前で止まった。
中を覗くも暗くて全く見えない。

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