小説

『置き傘』島田亜実(『笠地蔵』)

何かを思う前に目を開けてはいけないことを思い出して、ぎゅっと目を瞑った。
…瞼の向こうに光を感じた。
ゆっくり目を開けると、地蔵の前だった。
どうやら無事、戻ってこれたらしい。
まだ雨が降っていたので手に持っていた黒い傘をさす。
「…あ」
姉の赤い傘のことを思い出した。
急いであたりを見渡す。赤色は周りにない。
非常にマズイ。
僕がどう言い訳しようと姉には負ける。
でも傘はどこに行ったかわからないし、諦めるしかない。
腹をくくりながら家に帰る。
姉はまだ帰ってきておらず安心したが、処刑の時間が延びただけだ。
それから姉を見るたびにビクビクする日々を送った。
姉はいつも通りで、傘のことなんて気にも留めていないようだった。
それが逆に怖かった。なぜ怒らないのか。
玄関にあった赤い傘は目立っていたのに気づかない何てことがあるのか。
考えながら、家の階段を上っていた。
姉の部屋は僕の部屋の手前にある。
自分の部屋に入るには必然的に姉の部屋の前を通ることになる。
開いているドアの中をちらりと見てしまうのは僕の癖だった。
薄暗い部屋の中で赤い傘は目立っていて、ちらりとのぞいただけなのに目に付いた。
いけないものを見てしまった気がした。
目をそらして自分の部屋に入る。
ドアを閉めてゆっくり息を吐く。
なぜ姉が傘を持っているのだろう。
僕が向こうの世界に入った時に傘を拾ったのだろうか。

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