小説

『置き傘』島田亜実(『笠地蔵』)

「あなたが?珍しいわね。…その子と関係があるの?」
「はい。迷い込んでしまったらしく、帰るに帰れなくなったようで」
緊張感のある会話に喉が乾く。
「…なるほどね。帰してあげてもいいけどあなたは何をくれるのかしら。さっきのお花じゃその願いは聞けないわ」
「そうでしょう。では、あなたの滝に一年間毎日違う花を咲かせましょう」
「随分ロマンチックなのね。いいわ、その子を帰すぐらいならその程度でいいでしょう」
なんの取引なんだ。この声の主はそんなに花が好きなのか?
毎日違う花を咲かすってなんなんだよ。寄せ植えか?毎日ここまで寄せ植え運ぶのか?
「立って」
少年に促されて、僕は立ち上がる。
女性が出てきて僕を囲うように白い何かで地面に円を書く。
「また迷い込んだりしないように気をつけるのよ。まぁ、わざと来たのかもしれないけど」
「…え?」
「んじゃ、元気でな。」
え?
これで僕帰れるの?なんか怪物倒したり、世界救ったりしなくていいの?
少年が僕にかけていたローブを外す。
僕の顔をみて女性の動きが少し止まる。
「目を瞑って」
女性の声が響く。目をつぶって聞くとなんだか違うように聞こえる。
なんだかどこかで聞いた事ある声。
「…動かないように。外に光を感じたら、目を開けて大丈夫ですから。それまでは目を開けてはダメですよ。」
突然の浮遊感に驚いて少し目を開けてしまった。
地面にめり込んだぐらいの位置で僕は上を見た。
女性の白い紙の下が見えた。

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