小説

『置き傘』島田亜実(『笠地蔵』)

じゃあどうして怒らない。大事に扱えと言われたものを放っていたのに。なぜ姉は傘を隠すように部屋に置いているのだろう。
玄関の傘立てに置けばいいのに。
もしかして向こうの世界に行ったことがあるのか。
世界の鍵である赤い傘を誰にも渡さないように隠しているのか。
向こうに行った時の事を思い返す。
少年と出会ったこと。連れられて洞窟に入ったこと。姿を見せない強そうな存在を感じたこと。お願いしてこちらの世界に帰してもらったこと。
女の人もいたな。あの人はなぜあそこにいるんだろう。
そういえば帰る時、少し顔が見えて誰かに似ているなって思ったんだった。誰に似ていたんだっけ。…有名人?…違うな
そうだ。姉に似ていると思ったんだ。
いや、あれは姉じゃないか。
なんであんなところに。
何をしているんだ姉は。
姉に聞こうとしたが、傘と言ったところで姉はあの赤い傘はもう要らなくなったから気にするなと返してくる。
嘘をついている。
要らないなら部屋に置いておかなくてもいいじゃないか。
姉のことは苦手だと思っていた。
僕のことなんて考えずに自分勝手に過ごしているし、口答えなんて許してくれない。
僕を支配する第一の力だ。
それがひっくり返るなら…もちろんひっくり返したい。
これは僕が姉の弱みを握る一大チャンスなのではないだろうか。
浮き上がる心とは裏腹に姉が危険を冒していたらとめなくては、という意識があったのだろうと今なら思う。
僕は姉が赤い傘を持って出かけるのを見張った。

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