小説

『キオ』大前粟生(『ピノキオ』)

 猫によく似た顔の母親が子どもを連れて公園にきた。その男の子はクジラの帽子を被っている。魔法使いの帽子のように縦に尖った、あるいは垂直に墜落していく腹の大きな飛行機のようなシルエットをしたクジラの帽子で、ちょうど男の子の頭がクジラに呑み込まれているように見える。
平日の午後で、公園では他の子どもたちが早回しみたいに忙しなく走りまわったり、遊具をすべり下りたりしていた。
「さぁ、いって」母親がいうが、男の子は母親の手をぎゅっと握り返した。
「いってよ。もう。みんなと仲良くならなきゃ」
 母親はしゃがみながら男の子にそういって、小さな五本指を解いていく。
「お母さん、そこに座ってるからね」
 母親はひとり、向こうにあるベンチに向かおうとするが、男の子が服の裾を掴んで離そうとしない。
「あのね、いつまでもお母さんに甘えてちゃダメなの。子ども同士、仲良くできるでしょ? ほら、みんなあんなに楽しそう」
 男の子は首を横に振る。母親がため息をつく。
「ねぇ、ゲン。だったらこうしよう。お母さんがゲンといっしょに滑り台のところまでいって、『この子といっしょに遊んであげてくれる?』ってみんなに聞くから。ね? そうしようか?」
 男の子はさっきより強く首を振った。涙目になっているが、母親はそれをなんとも思わないようにしている。「ほら、いってらっしゃいよ」
 男の子はとぼとぼと滑り台のところにいくが、子どもたちに声をかけることができなくて、ひとりで滑り台に登った。その横を他の子どもたちが通り過ぎていく。男の子は子どもたちのあとに並んで、自分もいっしょに遊んでいるかのように振る舞ってみるが、子どもたちは滑り終えると砂場の方へさっさといってしまう。男の子も砂場にいくが、他の子どもたちとは少し離れたところでひとりで遊ぶ。歪な山のようなものを作って、トンネルを開通させようとするが、途中で崩れてしまう。泣き出しそうになっている男の子に、ベンチに座っているひとりのおじいさんが声をかける。
「おじいさんといっしょに作るか?」

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