『エレベーター』木江恭(『銀河鉄道の夜』)
身体がびっしょりと濡れている――気持ちが悪い。 音川はエレベーターの床に荷物を放り出すと、硬いポロシャツでごしごしと身体を拭った。青と白のストライプ柄の制服は悲しいほどダサくて嫌になるが、汗が染みたところで大して目立 […]
『地蔵・ゴーズ・オン』西橋京佑(『笠地蔵』)
地蔵はうろたえた。いつもの通りであれば、とっくの今頃には笠をもった好々爺が東の道からやってきて、雪の中凍える地蔵に優しく語りかけながら、菅笠をかぶせて去っていくという清く美しい光景にまみえるはずだった。更に感動的なこと […]
『逆流ヲ進メ』木江恭(『高瀬舟』)
ツイート 白いシーツの波間から、それよりもさらに真っ白な彼女の背中が覗いている。 「シャワー空いたよ」 「ん」 僕に背を向けて俯せのまま、彼女は手元の文庫本を捲っている。大きな枕に乗り上げて反った背骨が、薄暗いランプ […]
『タランテラ』結城紫雄(『蜘蛛の糸』芥川龍之介)
“踊れよ踊れ 冷たくなるまで 死人(morto)以外はみな踊る ――イタリア南部タラント地方の民謡” ペットショップの昆虫コーナーには男性の客が多い。今も私の目の前で、小学生の男の子がタランチュラのケージを覗き込んでい […]
『注射を打つなら恋のように』入江巽(『細雪』谷崎潤一郎)
午後三時の約束、二分遅れ、来よった。 りつおのアホ。こういうのは時間通りにせんとあかん。待つことになると、寒くて長いこの廊下、あたし行ったり来たりせなあかんので、目立ってしまう。こんな手持ち無沙汰から、誰かに秘密、ほ […]
『ツバメの涙は』柘榴木昴(『幸福な王子』)
ツイート 墓石に止まる雀に柄杓を使って水をまき追い払う。落とした携帯電話と僕のコートにも水がかかった。真紀が初めてのクリスマスに買ってくれたコートだ。一周忌は、やはりなんの変化ももたらさなかった。僕の左半分はいびつな形 […]
『少女変身』三浦佑介(作)/三浦梢(原案) (『変身』フランツ・カフカ)
ツイート 気がかりな夢から目を覚ますと、少女は醜い毒虫になっていた。 不思議だったのは、さほど驚きもしなかったことだった。 「別に、グレゴールザムザでもあるまいに、別段、困りはしない……、気が、する。」 むしろ、夕 […]
『あたま山』鴨塚亮(『あたま山』)
ツイート ささいなことで、妻と喧嘩した。勢いあまって、追い出した。 その晩、熱が出た。 子どもが出すみたいに高い熱だった。 看病してもらったあとに追い出せばよかったのだが、あとの祭りだ。 というか、別れたせいで […]
『メイキング・オブ・吾輩は猫である』野村知之(『吾輩は猫である』)
ツイート いま私の目に夏目漱石が映っている。ここは森鴎外も住んだという本郷千駄木町五十七番地、現在の彼の住居である。後の大文豪は明治三十六年からの四年間、この家で暮らした。『我輩は猫である』『坊ちゃん』『草枕』『虞美人 […]
『晦日恋草』霜月透子(『好色五人女』巻四 恋草からげし八百屋物語)
ツイート 【12月28日】 その電話がかかってきたのは、年末も押し迫った二十八日のことだった。 毎年年越しから三が日はごく近い親戚一同で温泉旅館に泊まり込む。贅沢ではあるが、それほどまでにして正月の支度を厭う女性陣の […]
『スーパー竹取物語』野村知之(『竹取物語』)
ツイート こうして皇子は、「生涯で、これ以上の屈辱はない。かぐや姫を妻にできなかったばかりか、世間の人たちにどう見られて、どう思われるか、考えるだに恥ずかしくてやりきれぬ」と悔やんで、たった一人で深山に入っていった。邸 […]
『豆の行方』多田正太郎(『追儺』森鴎外、『ジャックと豆の木』)
ツイート 「食い物! 食い物! 食い物!」 なんでもいい、食えるものなら。 それ、求め。 全てのものが、挙動不審。 目線を、右往左往。 ギラギラ、鋭く漂わせ。 叫び続け、ぞろぞろと。 群れと化して、歩いてい […]
『新生アリス計画』ちまき(『不思議の国のアリス』)
ツイート 『不思議の国のアリス』を知っている? 1865年、イギリスのルイス・キャロルが書いた児童小説。 幼い少女アリスが白ウサギを追いかけて不思議の国に迷い込み、しゃべる動物や動くトランプなどさまざまなキャラクター […]
『夜鷹の照星』清水その字(『よだかの星』宮沢賢治)
ツイート 小屋の中で水筒の水を一口飲み、一義はふと自分の服に目をやった。ここへ辿り着くまで匍匐前進を繰り替えしたため、茶色の軍服はあちらこちらが擦り切れ、泥で酷く汚れている。 脱ぎ捨ててあった戦闘帽を被り、全長百三十 […]
『かんからり』太郎吉野(『雪女』)
ツイート 青吉は、気分がいい。 今夜は久しぶりに現金が稼げて、それで酒を飲んだ。 ねぐらへ向かう坂道も、だから今日は機嫌よくぐんぐんと登れた。 麓の海港都市から背後の山沿いに、谷間をクネクネと登る街道。歩道のない […]
『ユートピアンの結末』和織(『浦島太郎』)
ツイート それは、季節を問わずいつも緑に覆われた、美しい島だ。街の浜辺から見ると、太陽を受けた姿が、地平線上で、まるで指輪に誂えられた宝石のように輝き、一変して夜には、要塞の如く冷たくひっそりとし、月灯りを吸いとるよう […]
『雲の猫』猫野湾介(『蜘蛛の糸』)
ツイート 誰かに似ている、と最初から感じたのだけれど、どうしても誰かが思い出せない。 やわらかい輪郭、くるりくるりと巻いた髪。額はまるく、頬もまるく、くちびるが、ぷくり。とろんとした瞼まで、なにもかもやわらかなのに、 […]
『浅草アリス』植木天洋(『不思議の国のアリス』)
ツイート アリスは眠くて眠くてたまらなかった。黒い幌付きの人力車に揺られて、姉のシャーロットの肩に頭をあずける。ごちゃごちゃした町並みが早足に過ぎていく。 人力車のドライバーは筋肉質のイケメンだったし、色々教えてくれ […]
『蜘蛛の糸』anurito(『蜘蛛の糸』)
ツイート さて、この物語は、カンダタが無事に蜘蛛の糸を登り切って、極楽にたどり着いた場面から話が始まる。我々の知っている「蜘蛛の糸」のカンダタは志し半ばで地獄に逆戻りしてしまったが、この世界のカンダタはたいへん運に恵ま […]
『虫愛ずる人々』山泉愼太郎(『虫めづる姫君』)
ツイート 朝。電車に詰め込まれた人々はドア口ギリギリのところで、片腕を天に伸ばし、身体をくねらせ、苦悶の表情を浮かべながら制止していた。芸術的なポーズはドアという枠に収められたイタリアの立体壁画のようだが、当人たちは気 […]
『爆弾』初瀬琴(『白雪姫』)
ツイート 真実を告げることに、どれほどの意味があるのか。 そのために存在しているというのに、私にはよく分からない。 知っていても知っていなくても、真実は真実なのだから何も変わらないではないか。そんな気がしてならない […]
『霧の日』化野生姜(『むじな』)
ツイート その夜、爺さまと俺はそれを見た。 霧雨の降る中、ひとり電柱の影でひっそりとうずくまる女性を。 それは緋色の着物を肌色の帯で結んだ、長い髪の女だった。 俺はその時代錯誤な服装よりも女の具合が心配になって、思わず、 […]
『野ばら』化野生姜(『野ばら』)
ツイート 大きな星と小さな星の境に、一つの星がありました。 星はとても小さく、また資源も乏しかったので、二つの星の住人は星の面積を半分に分けると、お互いに兵士を一人ずつ送り国境として守らせることにしました。そうして、二つ […]