小説

『あたま山』鴨塚亮(『あたま山』)

 ささいなことで、妻と喧嘩した。勢いあまって、追い出した。
 その晩、熱が出た。
 子どもが出すみたいに高い熱だった。
 看病してもらったあとに追い出せばよかったのだが、あとの祭りだ。
 というか、別れたせいで熱が出たのかもしれない。
 ありそうな話だ。おれの器は小さい。おちょこくらいしかない。
 連れ添うつもりでいた妻を失って、気絶していないのが不思議なほどだ。
 首でも吊る前に、寝ることにした。
 二人分の布団にくるまり、繭のように丸まった。
 体温を計ると、三十九度あった。
 数字を見ていると、気弱になってきた。
 鼻をかんだ。すると、布団の片方から、麦のような、陽のような匂いがするのに気づいた。
 妻の匂いだった。
 また、おちょこがいっぱいになる。
 敷布団の底が抜ける。
 骨が砕けたみたいに、身体がフニャフニャになる。
 暗く湿った、だがどこか懐かしいような闇に、ずっとずっと落ちていく。
 いつの間にか夢を見ていた。

珍しい、極彩色の夢だった。
 おれは、東南アジアのどこかの屋台通りで、果物を売っていた。
 上下、真白のダブルのスーツを着ていた。どこから出てきたのだろう。
 波の音がした。海が近いのかもしれない。音楽が流れていた。プレスリーの有名なバラードだった。ステレオが古いのか、音が割れてしまっていた。聴いていると、変に泣けてきた。おれは気楽な果物売りで、悲しいことなんて何もないはずなのに。鼻をすすりあげるおれを、客は全然気にせず、ぽいぽい果物を買っていく。じきに、ほとんど売り切れた。
 最後に残ったのは、一粒のサクランボだった。売り物になるものじゃない。クーラーボックスの氷水に、ヘソのように浮いていた。

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