小説

『あたま山』鴨塚亮(『あたま山』)

 すぐ店主がやってきて、ふやけたような卵サンドを出した。おれの顔をチラチラと見ていた。どうやら、顔色も悪いらしい。店主は自身の店に似ていた。いい感じにくたびれていたということだ。おれは全然いい感じではなかった。
 ほんの少し逡巡してから、休むことに決めた。

 帰宅した頃には、また、腹が減っていた。
 几帳面に整理された冷蔵庫から冷や飯を探し出し、湯をかけてかきこんだ。そんなものなのに、やけに美味かった。
 そのまま皿を洗っていると、どこからか新緑の香りがした。
 数日振りに洗面所に向かった。そういえば、しばらく歯も磨いていない。あまりに口が臭かったから、彼女は逃げたのだろうか?
 だが、そうではなかった。

 人間、本当に驚いた時は、声も出ない。
 鏡に写る、おれの頭のてっぺんから、植物の芽みたいなものが生えていた。
 つやつやと光沢のある、双葉だった。
 商談の相手や店主は、これを見たに違いない。
 それは、引くだろう。
 頭を左右に振ると、芽も揺れた。
 しっかり根付いている。
 それにしても、想像力を超えた出来事だ。
 こんな漢方薬があったっけな。と、他人事のように思った。
 よし、切ろう。
 不測の事態を乗り切るコツは、考え込まないことだ。
 鋏を持ってきて、鏡の前で、芽を切った。
 切り離された芽は、白い洗面台の中へ、くたりと落ちた。
 おそるおそるつまみ上げて、断面を見ると、マンダラのように管が円を描いていた。

それから何度目かの週末がやってきた。
 玄関のドアを開けると、土間が霞がかっていた。

1 2 3 4 5 6 7