地蔵はうろたえた。いつもの通りであれば、とっくの今頃には笠をもった好々爺が東の道からやってきて、雪の中凍える地蔵に優しく語りかけながら、菅笠をかぶせて去っていくという清く美しい光景にまみえるはずだった。更に感動的なことに、夜な夜なずしんずしんと地蔵仲間を従えて、好々爺とその妻が住む小さな藁葺屋根の家にたいそうなご馳走を恩返しにいくのだ。素敵なことじゃないか、とにやけた顔から思わず涎が垂れそうになるのを抑えながら、しんしんと降りしきる雪の中で、地蔵は予定調和の始まりを待っていた。
地蔵は、週に5日はこの道で仲間たちと、爺さんがやってくるのを待っている。彼らにとって、それは言わば“仕事”であった。笠をかぶせてもらうや否や、皆で「今日はどうする」とガヤガヤと話し合い、それぞれが持ち寄った思い思いのお礼の品を、厳かに爺さんに届けるのだ。約束されたその儀式はとても静かで、かつ、極めて限定的な幸福を生み出し、当の本人たちですら「いつまでこれが続くんだろう?」と思わざるを得ないが口に出すことでもないと思うほど、当たり前に続いていた毎日であった。
しかし、幾ばくかの不安を感じざるを得ないぐらいに、その日は時間があまりに過ぎてしまっていた。どうもおかしいぞ、と薄々感じてはいつつも、台本は裏切ることがないのだと勝手に自分の中で決めつけ、来る朗らか老人を今か今かと待ち続けていた。辺り一面の雪は、もうすっかりと黒に染まりきっていた。
事態がいよいよおかしいと感じ始めたのは、それから4日後の日曜日のこと。約束の時間は悪夢の水曜日から金曜日まで破られ続け、もしかしてと思いながら普段はやらない土曜日にまで立ちに出てみたが、いくら待っても彼はやって来ない。今までになかったひどい仕打ちに、口々に「ないわ」と愚痴をこぼしながら地蔵たちは街に繰り出した。冬にも関わらずお気に入りのトム・コリンズを流し込みながら、この恐ろしいほど退屈な一週間について神妙な面持ちで語り合っていた。
「いや、ないね。さすがに」
「おかしくない?1日、2日は爺も来られなかったときもあるけどさ、無断とかないでしょ。まじで」
「婆さんこいよ、むしろ」
「雪の中待っている身にも、なれっつうの」
訴訟もんだべ、と憤る仲間たちを片目にやりつつ、地蔵は胸に何かが引っ掛かるような悲しみに似た不安感を覚えていた。