小説

『地蔵・ゴーズ・オン』西橋京佑(『笠地蔵』)

「なんか思い当たることでも、あるわけ?」
 いつものお前らしくないじゃん、と心配そうな顔が並んだ。地蔵は、かの有名な仏の次に怒らないことで有名だったのだ。彼は、一度ならばお供えものが盗られることも容認できる。
 やんや、やんやと地蔵たちがやっていると、先ほどからずっと黙って話を聞いていたリーダー格の“頭取”が、「俺も、心配、だ」とボソッと呟いた。石の目が、一斉に彼に向けられ、どことなくピリっとした空気が走った。床の上に落ちた氷は、ジワジワと床に吸い込まれていく。
 「決まり、かな」
 頭取がいうのなら、とあっさり地蔵たちの爺さん訪問が決まった。

 
 ここは、いつでも曇った薄ら寒い街だった。雨はそこまで多くないが、いつも少しだけ寒くて息は白く、光が射すことはごく稀なこと。夜になるとどこまでも闇が広がっていく、サンクトペテルブルクのような不安感が漂っていた。
 地蔵たちが立つのは、街灯と街灯のちょうど間。夜には、街と同じように黒く染まりゆく、広がる闇の中に立っていた。好々爺は、地蔵たちのその暗い仕事場から東へ、凡そ2kmほど離れた場所に住んでいた。道中はほとんど何もなくて、木々に囲まれた細い獣道をずんずんと進んでいくと、途端に広い草原にでて、その草原を突っ切った先にある2つの田んぼの間にオンボロの家が建つ。そこが、彼の住処であった。

 地蔵たちはずしんずしん、パキパキと、細い獣道を進んだ。いつもと少しずしんずしんの間隔が狭いのは、今日は手土産を持っていないからだと、5分ほどしてから地蔵は気がついた。意外に重かったんだね、と後ろを振り向きながら喋ったが、列の一番後ろの頭取は何も言わない。聞こえていたし、無視をしていたわけでもない。単純に、地蔵が指しているものは一体何なのだろう、と密かに考えていた。頭取は、少しだけ理解力が乏しいだけなのだ。それを地蔵は責めるわけにはいかない。なぜなら、彼は“頭取”なのだから。彼がすることには、たとえそれが自分を突然殴るということであっても、意味があることなのだと地蔵は信じてやまなかった。
 獣道を抜けると、いつもの通り草原が広がった。ここまでくれば後は早い。草原にバカに大きい岩石が転がり始めれば、田んぼが見えるまでほんの少しだと知らせる合図だ。地蔵たちは早る気持ちを抑えて、少しばかりずしんずしんの間隔を長めに取り始めた。

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