小説

『金の缶、サイダーの缶』笹田元町(『金の斧、銀の斧』)

2002年7月12日(金)
 12本のくじの中に当たりくじが5本あり、一度引いたくじは元に戻さない。A、Bの二人がくじを引いて少なくとも一人が当たり、続けてCがくじを引くとき、Cが外れる確率を求めよ。
 そんな問いは回転の鈍った頭を滑らかに動かし直したり、あるいは回転の止まった頭を無理矢理動かしたりするのに最適で、受験勉強にどうも身が入らないときによくお世話になった。でもその日は確率の計算も手につかず、僕は携帯電話をパカパカと開いては閉じ、机に突っ伏しては息を鼻から長く吐き出していた。誕生日がもうすぐ終わってしまうというのに、【お誕生日おめでとう】のメールがみさこちゃんからまだ届いていなかった。みさこちゃんとはクラスメイトになってからの三ヶ月で着実に距離を縮めてきた自負があったし、僕を好ましく思っていることがメールの文面から窺われることも多くなっていたし、少し前には僕の誕生日が話題になったこともあった。サッカー日本代表の誰々と一緒だとか。ちなみにみさこちゃんの「みさこ」は名字で「三迫」と書いて、名前は「さほ」という。「さほ」という響きそのものみたいな顔をしていると僕は思っていたけれど、「みさこちゃん」とみんな呼んでいた。
 23時50分、やはりメールは届かず半ば諦めモードの僕は携帯電話をサイレントモードにするとベッドの掛け布団にくるんでCが外れる確率の計算を始め、入念な場合分けの結果導き出した答えに赤丸をかぶせたのは日付変わって0時10分、携帯がやはり気になり布団に潜り込むと、表面の小さなディスプレイにメールの着信を知らせる緑色のランプが点滅していて、僕の体を静電気のようなものがさわさわと薄く取り巻いた。布団に潜り込んでゆっくり携帯を開くと暗がりが照らされ、画面にあった名前と文面に静電気はいっそう強さを増して、僕は鼻から大きく息を吸い込んだ。
 【ハッピーバースデイ!18さいおめでとう!
  ちゃんと覚えておいてもらえるように、
  一番最後に送ることにしました。
  日が変わってしまってたらごめん!】

2002年7月15日(月)
ハッピーバースデイへの返事を翌日朝に送って(それはひとつの作戦だった)から土曜日曜とやりとりを続けて、みさこちゃんと交わした「賭け」に負けはなかった。それは政治経済の藤田先生が月曜の授業の際、坊主頭にタオルを巻いていれば僕が、巻いていなければみさこちゃんがご飯をおごるというもので、実際タオル有無の実績は五分五分だったけれど、どちらにしろ二人で食事に行くことの約束だった。

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