小説

『タランテラ』結城紫雄(『蜘蛛の糸』芥川龍之介)

“踊れよ踊れ 冷たくなるまで 死人(morto)以外はみな踊る
――イタリア南部タラント地方の民謡”

 ペットショップの昆虫コーナーには男性の客が多い。今も私の目の前で、小学生の男の子がタランチュラのケージを覗き込んでいる。一向に動こうとしない巨大蜘蛛に業を煮やしたのか、彼はケージを素早く小突いた。
「ガラス叩いちゃだめだよー」
 笑顔で注意すると、男の子はうつむいて熱帯魚コーナーに走っていった。彼が駆けていく先に目をやると、坂田くんがカルキ抜きの錠剤を水槽に放っている。
 昆虫コーナーは私の城である。カブトムシやクワガタといった甲虫類をはじめ、クモ、ヤスデ、珍種のゴキブリまでがケージに収まっている。虫に囲まれた職場など気持ち悪くはないのか、とよく尋ねられるが、静かで糞尿の臭いのしない昆虫コーナーは労働環境としては悪くない。小型犬専門の新宿店や、オウムやインコなどを扱う池袋店に臨時店員として派遣されたときなど、一日で頭がどうかなりそうで、早く昆虫コーナーに帰りたいと強く願ったものだ。
 私はレジに戻って伝票を整理しながら、ときおり紙をめくる手を止めて耳を澄ませてみる。彼らの足音は、柔らかな伝票用紙が擦れる音よりもずっと小さい。

 元音大生の坂田くんは髪型自由、という採用条件だけでこのペットショップをバイト先に決めたという。坊主に近い短髪を赤と金に染め、耳の軟骨にまでピアスをつけた姿はかなりの強面ではあるが、仕事はきちんとこなすし人づきあいも悪くない。南米の鳥みたいな頭をしているせいもあって、研修後は池袋店に派遣されていたらしいが、鳥アレルギーが判明してこの店の熱帯魚コーナーに回されたそうだ。
「オウムに言葉教えようと思って近づいたら、急性アレルギーでその場で盛大にゲロしちゃって」
「いやだ、汚い」
「そしたら、下のカゴにいたオカメインコたちが俺のゲロに群がってつついてくるんですよ。まじありえなくないですか」
 坂田くんから品のないエピソードを聞かされたのは、アルバイトスタッフで集まった昨年末の飲み会だった。私はビールを飲みながら苦笑する。
「やめてよ。蛸わさ食べてるときにそんな話」
「カンナさんはここ、慣れました?」

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