小説

『タランテラ』結城紫雄(『蜘蛛の糸』芥川龍之介)

 坂田くんは口いっぱいに含んだチャーシューを噛みながら言った。「俺みたいな金持ちの息子が音楽界を変えないといけないっす」
 コレ自分食べられないんであげるっす、と私の方にメンマを移してくる坂田くんは熱意があるのかないのかよくわからなかった。
 私はどうだろうか、とメンマを前歯でかじりながら思う。ハングリーを気取るには正社員時代の預金がありすぎるし、夢を追う同志として語り合うほど若くはないし情熱もない。ただし私と彼には決定的な違いがある。
「メンマって木の枝みたいで俺ダメなんすよー」
「そりゃあシナチクっていうぐらいだからね」
 この東京で過ごす多くのフリーターは、例えば坂田くんのバンドメンバーは、何を支えに日々を過ごしているのだろうか。
「世界にはサソリの炒め料理だってあるんだし」
「でも猿の脳みそとかに比べたら、サソリのほうがまだ全然いけるっす。エビみたいなものだと思えば」
「不思議よね。エビだって海の生き物だから美味しそうに感じるけど、冷静に考えるとほぼ虫だもん。本棚のウラとかにびっしり住んでたら食べたくないもん」
「『住んでる地域の遠さ×人間と姿形の似てなさ=食べやすさ』ってことですね」
 坂田くんが神妙な顔をして言う。「これは発見ですよ」
「たしかに、珍味とかって大体辺鄙な所にあるよね」
「この法則に当てはめると、タコ型宇宙人はバクバクいけると思うっす」
 真剣な顔で宣言しながら、坂田くんがスープをすすっていた。彼は今日の練習で、レコード会社に送るためのデモテープを録るらしい。 私は一回目の受賞以降、まだ一つの賞も手にできずにいた。

 昆虫コーナーに足を運ぶ者と、小型犬を眺めにくる客とはまったく違う人種なのだと思う。私の担当エリアに訪れる客は静かにケージの前に立ち、相好を崩すことなどまずない。その姿から私は、以前の職場で同じような人たちを見たことを思い出した。防犯にも情操教育にも使えない、誰の役の立つのかまるで想像もつかない物体を息をひそめて眺めているさまは、新型遊星ギアの企業向け展示会に来ていた来訪者にそっくりだったのだ。この発見に満足した私はタランチュラの前で低く笑った。仕事が変わっても結局、よく似たものを扱っている。

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